Chapter.4『希望を繋げて』

4-1 反撃へ


 夜が明ける直前、機皇たちの基地向けて改めて近づく。


 機皇たちの警備は、あまり厳重とは言えなかった。この世界の抵抗勢力はほとんど排除したという自負なのだろうか。ラタたちにはありがたいことだった。


 姿を隠す隠匿法術を用いれば、さらに見つかる危険性は低くなる。

 基地の格納庫らしき場所を確認しながら移動する中で、機人とは戦うよりも見つからないように回避を選ぶことが多かった。むろん、一体でも攻撃すれば侵入がばれるかもしれないという懸念もあるからだ。


「あれだけの戦力があるなら、他の世界を侵略できるのも納得だな」

「方法はわからないけど、機皇は無理やり世界と世界を接続させて《界遇》を起こすんだ、しかも上下逆転した状態で。接続場所も自由自在、相手の国の首都に電撃攻撃。そうやって占領された国がいくつもあってね。ここは、その最初の犠牲者ってわけ」


 結果、自分たちの住居を奪われた上、原生林は開拓され、鋼色の液体が大地を侵食する事態になったのだ。


「現地の人たちはかなり傷ついていてね、最初ボクが接触した時も警戒心丸出しで、交渉するのに結構時間を食ったんだ。この土地はカエルムの影響力が薄いから、余計にね」

「今、彼らは?」

「ここから離れて、多くが療養中」


 それだけ激しい攻撃を受けたということだろう。彼らにとって森そのものが信仰の対象でもあった。歯がゆいことこの上ないだろうと、ラタは同じような境遇の他世界人たちに同情する。


「他の世界では、ボクがカエルムの代表として殴り込み(こうぎし)に行ったんだよ」

「悪い、何か聞き間違えたような気がしたんだが――」

「気のせい気のせい。で、その世界で出会ったのが、機皇だった」


 怒りを感じさせる握り拳。明示された外見を聞いて、同じものをラタも作り出す。


「そいつは、俺たちの世界にも現われた」


 オルニス王国襲撃の犯人、それはエアリアにとっても因縁浅からぬ相手だった。他世界の住人を蛮族だの下等種だのと蔑む奇人であった。

 様々な世界を見てきた第一番世界からも危険視されたというからには、本当に未知の力を持つ存在なのだろう。


「大地を真っ二つに割り、虚無に通じる穴を作って見せた。俺はそこから落とされて、君に助けられたんだ」

「奴が直接乗り込んできたのかい。――君の国、大丈夫なの?」


 さすがに不安に思ったらしいが、ならばなおさらするべきことは決まっている。


「だから時間がないと言っている。一刻も早く、この世界を脱出しないと」


 だが、ラタの武器である剣と弓は、既にかなり消耗してきている。


 壊れていないとはいえ、法弾なくしてはその真価は発揮でない。これまでの戦闘でだいぶ使い潰した。残っているのはすでにポーチの底にちらほらとある数発。背中の矢筒の矢も数本分、あまり贅沢に使える量はない。


 これでは満足のいく戦いを行うのは難しいだろう。まして機人たちは足手まといがいるようで勝てる相手ではない。それは、一瞬で倒されたラタにはよくわかっている。

 警備のスキを突き、かろうじてばれずに行動できるのが現状だ。一度の失敗が、敗北を招くだろう。


「機皇軍は強靭だった。いくつかの世界を渡って、第十三番世界でようやく直接対決したんだけど、勝てなかった」


 ガチャリと、エアリアは扉を開ける。会話しつつも、二人は秘積物を探して回る。


「うーん、見つからないな。ミクトランカデナ」

「やはり、あの空に浮かんでいるほうにあるのかもしれないな」


 目を閉じて周囲の気配を探ろうとするが、何も感じない。オルニス王国に居た頃も、プラネトス共和国に居た頃もあったはずの感覚が、この世界にはなかった。

 どのようなものかわからないが、失せ物探しでもあの力は役に立ったことがある。その時は実際に見たことのないものを探したのだが、知らない気配を探すことで、逆に見つけることができた。


「あの感覚は、何だったんだろうな……」


 もしかしたら見つけられるかもしれないという淡い期待を抱いたのだが、あの力は元の世界でなければ発揮できないらしい。


「ラタ、なんか秘策でもあった?」

「いや。あったかもしれないが、残念ながら何も見え――」


 そこまで言った時、突然あのもやもやした感覚がやってきた。目を開けて上空をみれば、基地の近くを浮遊する影があった。翼を持った鳥のようだが、鋼色をしていることからおそらくは機人なのだろう。


「どういうことだ。急に気配が感じ取れるようになった……今なら!」


 突然の声に、エアリアはびくりと肩を震わせる。


「え、え? ちょっと、ラタ、何を一人でブツブツ言っているのさ」


 エアリアの言葉は耳に入らなかった。目を閉じて、膝を付き、意識を世界にずっと遠くにまで伸ばしていく。


 とにかく周囲一帯の気配を探ろうとすると、まず一番近いエアリアの存在が浮かび上がる。今まで感じたことがないほど巨大な、けれど穏やかな力の気配を持つエアリアに驚きつつ、彼女を無視して周囲を探る。


 感覚を研ぎ澄ませ、額の中に移る光景を必死に追っていく。


「機人たちの気配はほぼ同じ。つまり、これは全て違う」


 何体もの機人の気配を掻い潜り、感覚を上空にある基地にまで伸ばした。その奥のほうまで意識を飛ばせば、複数の気配がある。法力兵装に似た感覚のものが何点かあった。


 きっと、この中のどれか。


「見つけた、上の基地の中だ!」

「わっ!? いったい何が見えたのさ?」


 エアリアからの問いかけに、汗を滴らせるラタは、首を傾げながら言う。


「さあ、昔から、よくわからないものだけはよく見えているんだ」


 まるで、何かに引っ張られるような勢いで、ラタは走り出す。罠か策略か? とエアリアは勘繰るが、ラタが機人の仲間であるようには思えない。


「こっちだ。奴らの使う昇降機みたいなものも見つけた」


 二人は機人たちの眼を避けて移動し昇降機にとりつくと、エアリアは壁についているボタンを素早く押す。そして昇降機は上に向かっていった。


「使い方、分かったのか?」

「ううん、全然」


 ならなぜそんなに自信満々にボタンを押したのかと聞いてもよかったのだが、帰ってくる答えが予想できたので、ラタは後回しにする。


sarie waeijlはやく いそいで

「――今、何か言ったか?」

 今度は何かが、聞こえたような気がした。今まで気配のようなものが見えることはあったが、知らない声が聞こえることはなかった。ラタの突然の言葉に、エアリアも心配そうな顔をする。


「ボクは何も。さっきから君どうしたの。疲労でおかしなものでも見た?」

「いや、大丈夫だと思う。それよりも秘積物の位置は……」


 幻覚や幻聴を心配されたのだろうが、少なくとも彼が見ているものは幻覚ではない。ぐっと閉じた目の奥に、もやもやしたものが見える。昔から見えるこの不可解なものの中に、何か強く惹かれる存在があった。


 確かに疲労は重なるが、これだけが、秘積物を探し当てる唯一の手段だった。


「こっちだ」


 壁に手を突き、一歩一歩進んでいく。

「本当に大丈夫かい。君、顔真っ青なんだから」


 エアリアの心配する声も聞こえていないかのように、彼はどこかへ向けて一直線で進んでいた。足取りに迷いはなく、一つの部屋に辿り着く。


「ここがゴールでいいの?」

「だと思う。誰だ、俺をここに導いたのは!」


 扉をソード・ボウで斬り開く。その部屋中を強い気配が押し込められており、ラタは目を空けてその正体を確認した。それは大量のガラスケースで、中には様々に光を放って輝く物体が、黒い鎖に拘束されていた。


 その数は、十数点に及ぶ。


「これは、まさか全部秘積物なのか」

「うん。でもやっぱり、封印されているみたいだね」


 黒い鎖にがんじがらめになっており、元のシルエットさえよくわからないものもある。


「機皇は警戒心が強い。秘積物があれば自分で確保し、他人が使えば封印する。かく言うボクも――」


 エアリアは右腕の袖をめくりあげると、そこには入れ墨のようなものが存在した。

 ただ、ラタにはその腕にもなにかもやもやしたものを感じる。


「まさか、その入れ墨がエアリアの秘積物なのか?」

「正解。力の半分も引き出せないからね。使うより仕舞っておいたほうがいいのさ」


 腕の表面にはうすらぼんやりと鎖のような跡が見える。この部屋の秘積物を封じているのが鎖であるというのなら、エアリアの腕に巻き付いているものもその一種なのだろう。


「機皇にやられたんだな」

「もともとこの世界に来る予定じゃなかったんだけどね。第十三番世界で出会った時に、ほとんど問答無用で力を封印されちゃったんだ」


 エアリアは秘積物を手に持った状態で機皇と出会った。だが、挨拶が終わると同時に黒い鎖が秘積物に絡みつき、そのまま機能を停止させた。


 時間とともに彼女の秘積物の機能は回復しつつあったのだが、機皇の力はそんな時間を悠長に待たせてはくれなかった。

 追い立てられ、逃げ惑い、見逃された末に、自らの意思でこの世界に降り立った。機皇が、この世界に他の世界から奪った秘積物をため込んでいるということを察知したからだ。


「いやー、今までいろんな強い存在とは戦ってきたよ。でも力を封印されたとは言え、ここまで一方的な撤退戦は初めてだった」

「撤退戦が恐ろしいのは、同感だ」


 ラタもカヒナを伴っての撤退戦をやってきたばかりだ。追い立ててくる機人の足音は、耳にこびりついている。


 そして、彼らの皇の力も、脳裏に焼き付いている。


「あれほど恐ろしいと感じた敵は、今までなかったな」


 わずかに震えている左手を見つめるラタに、エアリアは少し顔をしかめる。一瞬顔を伏せたところで、快活さの戻った笑顔を浮かべていた。


「さて、世間話は後回し!」


 左手に右拳を打ち付け、鋭い目つきでガラスケースの群れを見る。


「さっさとこのケースを破壊して、秘積物を解放しよう」


 袖を戻したエアリアは、首にかかっているペンダントを外して腕に巻きつける。ペンダントトップはこぶし大の円形のもので、裏側には取手がついておりそこに指を通す。円の内側に三角形、さらにその内側で七芒星を描くそれは、カエルムの紋章だ。


 円と三角に法術の光が走り、腕の周りに陽炎のような揺らぎができる。

 下がってて、という言葉を言うや否や、地面を蹴って飛び出した。


せい けんばっさい !」


 エアリアが拳を突き出すのと同時に、無数の拳が全てのケースに向かって出現した。法術によって生み出された拳がガラスを十数か所一斉に殴る。


「かっ、たい!?」


 全ての拳が弾かれた。拳を弾いたのはガラスケースそれ自体ではない。エアリアの拳を防いだのは、ラタにとってはすでに見知った輝きだった。

 ガラスケースを避けて伸びてきたヘビのような腕が、光の防壁をエアリアの前に展開していた。本人の拳が阻まれると、全ての拳が効力を失ったようだ。その腕の持ち主は、部屋の奥にいた。


 警備がいない、はずがないのだ。


「お前は、機皇!?」


 ラタからすると、どうしてここにと言いたいのだろう。まだアエトスたちのいるオルニス王国の攻略の真っ最中であるはず。ここに機皇がいるとは、思っていなかった。


『何週間ぶりかな。エアリア君』

「この声、確かに機皇だね。世界を移動した痕跡はなかったはずだから……」


 エアリアの呟きに、ラタはソード・ボウを構えて奥に鎮座する巨体を警戒する。いつでも迎撃できるようにトリガーにも指をかけるが、攻撃は来ない。


 というより、機皇に感じていた禍々しさが、この機皇からは感じられない。口は確かに動いているが、それはまるで腹話術の人形のようだった。


「安心しなよ。あいつは今も君の世界にいるはずさ。あいつの意識だけでも世界を移動したのなら、ボクにはすぐわかる。ここにあるのは、遠隔操作している体だけだよ」

『その通りだ。しかし、一度は私たちに敗れた聖女殿が相手の不在をついて盗賊まがいとは、いやはや、カエルムの聖女とやらも堕ちたものだ』


「言いたい放題するのは別にかまわないけどさ、ここにあるのは、そもそもお前のものじゃないだろう。全部、この世界や他の世界から奪ったものだ!」

『愚者どもは物の価値を分かっていない。これは文化・文明の保存だ。後世に歴史遺産を継承するための正当な手法だ』


「相手の国を滅ぼしてでもやることなのか、それは!?」


 エアリアと機皇の会話は、平行線を描いている。お互いに相手のやることに納得がいかない。ただ、怒りの形相を浮かべるエアリアに対し、機皇は至って平静だ。


「お前の侵略は、この世界が最初だった。それはこの世界の秘積物を封印するミクトランカデナの力が欲しかったからだろう。他の世界で、反撃されないように」

『君のような強力な法術師は、秘積物による強化を図っていることが多い。なら、対処はしておくべきだろう』


「そのために、いったいどれだけこの世界のヒトたちが犠牲になったんだ!」

『下等種がいくら間引かれようが、こちらの看過するところではない』


 その一言が、機皇の行動方針を示しているのだと、ラタにも理解できた。あれは本当に、心から他者をなんとも思っていないのだ。


『しかし、君のような可憐な少女が私たちに対する反攻の主戦力であるというのはやはり驚きだ。君のような者にこそ私たちの目的を理解してもらいたいのだが』

「理解してほしいならきちんと言葉を尽くしなよ」

『それは時間の無駄だ。何より、君たちの無駄な努力というものは目障りだ』


 秘積物の開放、それによる機皇軍の攻略が、無駄な努力だと言いたいのだろう。


 事実、秘積物の封印を解く以前に、それを治めているケースを破壊することもできていない。機皇と同じ構造の量産機なのだろうが、それがいるということは、破壊させるつもりは毛頭ないと考えていいだろう。


「だからってお前の暴挙を見過ごす理由にはならない。ボクがこの基地全部をぶっ壊してでも、秘積物は開放する!」

「そのうえで、お前を倒す!」


『それは、困る』


 ガシャンと、陳罪していた巨体が前に出る。


『この施設はまだ必要なのだ。破壊されるわけにはいかない』


 両腕にある鎌をぎらつかせ、両肩から生えるヘビのような腕をくねらせる。


『私は世界のためにこの身も心も捧げているというのに、貴様らは何も考えず、ただ己の生存のみに執着する』


 彼にとって、この侵略は正統性のある行いなのだろう。ラタからしたら意味の分からない理論だが彼なりに何か理由があるのだと思う。

 それを享受できるかどうかは、また別の話だ。


「機皇、あんたは何を根拠に、こんなことをしているのさ」

『すでに裁定は下されている。不要な世界は大樹から切り離され、剪定された後新たな世界が実る。理想の成就のため、邪魔はさせない』


 何者かによる判断があったのだというのは、間違いない。それがエアリアやラタの知らない存在であるのも間違いないだろう。機皇がそれほど心酔する存在は、確実にこの世界にとって害になる。


「アエトスたちが待っているんだ。これ以上、お前の与太話に付き合っている暇はない」


 機皇が顎に手を置いたが、ラタはそれを気にせずソード・ボウを握り直す。


『アエトスとは、あの王子か』


 だが、ぼそりとした呟きに止められた。目を見開き、機皇のほうへ向き直る。


『先ほど、国王を捕らえたという報告が上がってきた。王子もすぐだろう』

「何……?」

『すでに第六番世界での秘積物確保は完了している。残すは、オルニス王家の捕縛だ。これ以上の貴様らに抵抗する気が起きないよう、それが完了次第――』


 機皇の後ろで、新しいケースが生成されていた。その中に、ある秘積物が収められる。まだ封印されていないその形状に、ラタは見覚えがあった。


 王城礼拝堂の祭壇の上、そこに突き刺さった時計の針のようなものが、ケースに収められる。最後に見たのは、披露宴会場に運び込んだ時だった。あれが第六番世界の秘積物だったのなら、機皇の言葉は事実を語っているのだろう。


 すでに、第六番世界で必要なものは確保できたのだ。ならば、あの世界に執着する理由は、機皇には存在しない。


『――第六番世界の剪定を開始する』


 何気ない事後報告のようなつもりだったのだろう。しかしそれは、オルニス王国の敗北の通達に他ならなかった。


   ◆◆◆

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