3-2 ボクを導き
彼らのいる第二十四番世界は、すでに機人の侵略を受けていた。
この世界でも多くのヒトが暮らし、文明を築き、文化を継承してきた。だが、機人の侵略行為はそれを蹂躙した。
「この世界にはね、神と呼ばれるほどの強大な存在が居たんだ。彼らが居れば機皇軍を押し返すこともできただろうけど、残念ながら今は不在でね。そのせいで第二十四番世界のヒトたちは連敗中。空の上にあるあのでかいのを叩き落とすこともできないってわけ」
エアリアの指差す方向を見ると、そこには鋼色の物体が浮かんでいる。船のように見えるそれは、彼らの基地だった。
ラタたちの世界には機皇軍の世界ごと乗り込んできたが、この世界では自分たちの基地だけを飛ばしてきたらしい。もしくは基地を残して別の――ラタたちの世界に移動したのか。どちらだろうかと聞いてみれば、エアリアには答えがあった。
「ああ、それその通り。あいつらは世界ごと移動して、そうしてああやって基地を残して次の世界を侵略しに行くんだ。ここは、最初期に侵略された世界なんだ」
「他の世界にも、同じようなことが?」
「うん。ボクもそれを見てきた。どうしようもなかったけどね」
拳を作った右手を、左手が押さえる。同時に、空虚な笑みがその頬に浮かぶ。
「ボクの出身は第一番世界なんだけど、世界を侵略し始めた奴がいたって聞いてね。第十三番世界の方に出張していたんだ。砂漠が広がる、けど美しい世界だったよ」
――だった、という過去形に、エアリアは少しうつむいたように見えた。
「機皇によって、侵略されたのか?」
「うん。今、この世界と同じように基地だけ残っている。砂漠の民たちは今も侵略されつつある大地の嘆きを聞き続けていることだろうさ」
「負けたのか、その世界は」
「そう。僕は、何もできなかったんだ」
悔しさを通り越した憤りというのは、時に自嘲的な笑みを作り出す。その顔を見ていることができなかったラタは、機皇の行動で気にするべきことを問いかける。
「あの基地は、何を?」
かなり遠くの空に浮かぶその固形物だが、底面から地面に向けて伸びる部分がある。
「銀色の液体が垂れているの、わかるかい? ボクの見立てだと、あれは大地を侵食している。自然も生命も呑み込んでいく、怪物のようなものだよ」
オルニス王国では見たことがない現象だ。もしくはまだ行っていなかっただけか。
「機皇が、これをやっているんだな」
「うん。ボクが最後に機皇を見た第十三番世界でも、同じことをしていた。それが完了したっていう段階で、第六番世界へ移動していたけどね」
オルニス王国が侵略を受けるほんの少し前に、エアリアは機皇たちと戦っていた。時間としては、王国が侵略を受けるほんの一日程度前の話だ。
つまり放っておけば、オルニス王国もこの鋼色の液体に呑まれていく。
「早く、帰らないと!」
体を起こそうとするのだが、うまく力が入らない。起き上がろうとしたそばから倒れ込み、包帯だらけの体に再度土を付ける。
「無理せず休みなよ。そもそも、今のキミが国に帰ったとして、何ができるのさ」
エアリアの言葉は、ラタの胸に深く突き刺さった。
何もできなかった。
確かにソード・ボウを片手によく戦ったと、仲間たちは行ってくれるかもしれない。カヒナをプラネトスに送り届ける任務は達成できたかもしれない。
だが、機皇相手に手も足も出なかった。その事実は決して変わらない。一撃も入れるどころか、かすり傷さえ与えられなかったラタに、否定できる要素はない。
「それでも! あいつが待っているんだ。俺を信じて、待っているんだ!」
息も絶え絶えながら訴えるラタは、這い蹲ってでも動こうとする。
その姿に大きく長い溜息をついたエアリアは、彼の腕を取り、体を支えた。
「なら、ちょっと手伝ってくれるかい」
そう言って、半ば引きずるように、ラタとともに歩き出す。
「ボクは今この世界で少々探し物をしていてね。たぶんここにあると思うんだけど、ちょっと苦戦気味でね」
「ちょっと待て、俺の話を聞いていたか? 時間が――」
「機皇を倒すのに、必要なことなんだ。大事な、勝利のカギになる」
ラタの焦る言葉を遮って、エアリアは言い放つ。そして、彼女が言いたいことについて聞き返す。
「それは、機皇軍が持っているのか?」
「だと思うんだけど、地上にある基地だけでも広いからなかなか探すのも難しくて」
遠くに見えると思っていた機皇軍の基地だが、それは思っていた以上に大きかった。エアリアに連れられてだいぶ近づいたが、ラタの知っている街一つ分ほどはある。
それに加えて、地上にも前線基地があるのだという。
少し遠くの高い丘のような場所から見下ろすと、原生林の中に不釣り合いな鋼色の街がそこにあった。これを作るのにかかったのは、ほんの数日だという。
圧倒的物量と技術力、それが多くの世界で侵略に成功した理由なのだ。
「確かに、この街から探し物をしようとするのは骨が折れるな。何を探しているんだ?」
「『秘積物』だよ。あいつらがいろんな世界から奪っていったものをね」
「秘積物だと……」
エアリアの探し物だという秘積物は、端的に言えば古代文明の遺産、のようなものだ。ような、と付くのは出自が不明なものが多いからに他ならない。
誰が作り、誰が残したかわからない。ゆえに秘密の積まれた物とされる。
ラタの持つ法術兵装のような強力な武器もあれば、砂漠を森に変えるような力を持った道具もあると、ラタはカヒナから聞いたことがある。カエルム教会は秘積物の管理を任せている地域もあり、杖や剣なんかが多いとか。
彼女が探しているのは、武器なのか、道具なのか。
「手を貸してほしい。それができたら、ボクもキミを手伝うよ」
そう言うエアリアの腕からラタは抜け出すと、ふらついて地面に座り込む。青い顔をしながら、エアリアの提案に答える。
「事情は分かった」
「そういうときって、大体提案を断るときの言葉だよね」
その通り、という代わりに、ラタは頷いた。
「この世界の機皇軍と、戦っている暇はない! 探し物をしている時間も、ないんだ! 助けてくれたことには感謝している。だけど恩返しはまた今度にさせてくれ」
そうは言いながら背負ったソード・ボウの重みですでに動けなくなっている。
「傷の手当てをしてくれたことにも感謝している。機皇を倒すカギというのも気になるが、何よりもまず優先するべきことがあるんだ」
機皇がアエトスたちに近づいている。あの協力無比な力を振るえば、必死に抵抗している軍も瓦解しかねない。
一刻も早く戻り、戦線に復帰せねばならない。
「落ちたというなら戻ればいい。樹の枝の上にあるのなら、その樹を登れば――」
「君が星征樹の最下層である二十四番世界にいるのは、別に偶然じゃないんだ。キミが虚無に落ちようとしていたのを、ボクがこっち側に引っ張り上げたんだ」
「……何?」
どうにかしてこの世界を脱出しようと考えるラタに、エアリアは冷静に言い放つ。
「恩着せがましい言い方になるけれど、ボクが助けなければ、キミは自然の川じゃなくて、虚無の海に落っこちていたって話。本当なら、もうキミは『こちら側』にはいないんだ」
彼女の一言にぞっとする。彼女の助けがなければすでに『来世(あちら)』に言っていたということだ。そうなったら、後悔すらできない。
エアリアから視線を外し、気まずそうに答える。
「……助けられたことは、必ず報いる。だけど今は時間がないんだ! 今もこうしている間に、アエトスに危険が迫っている! 一刻も早く、国に――」
「なら! どうやってそこに行くつもり? 樹を登るっていうけど、その樹がどこにあるのか、わかっているのかい?」
エアリアに顔を両手で掴まれ、同時に言葉を遮られる。早鐘のように打つ心臓の鼓動が、少しずつ収まっていく。真っ直ぐ見つめる眼が、彼に冷静さを取り戻させる。
「落ち着いて。キミの大切な人は、そう簡単にやられるような奴なのかい?」
その一言が、ラタの中に親友との思い出が蘇る。だから、彼は結論を出した。
「――いや。必ず持ちこたえる。あいつなら、きっと」
「なら大丈夫だね!」
そういった彼女は、ラタから手を放して上を見上げる。そこにある機皇軍の基地を。
「じゃあきちんと、勝てる準備をしようよ」
そのために、彼女の言う秘積物を見つける必要がある。
「エアリア、なんで君は俺を助けたんだ」
ゆっくり近くの木に背中を預け、ラタは問いかける。両手を腰に当て、真っ直ぐラタを視る彼女は迷うことなく宣言した。
「星を征する樹の導きさ!」
エアリアの背後に、巨大な樹を幻視した気がした。
◆◆◆
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