2-3 剣弓稼働


~十三年前・プラネトス共和国カエルム教会大聖堂~


「ようこそいらっしゃいました、アエトス様! わたくしは、プラネトス共和国カエルム教会聖女見習い、カヒナと申します! 皆様をご案内するように、仰せつかっておりますので、どうぞこちらへ!」


 オルニス王国とプラネトス共和国、最初の会談から二週間。

 アエトスは、オルニスからプラネトスへの留学という形で半ば人質として贈られることとなった。不安の残る友好条約の締結に証を与えるために、領事館の建設と同時に採られた措置だった。


 むろんプラネトス側からも送られてくる者がいるが、あちらには王族のような存在はいない。アエトスとは違って、斬り捨てるには惜しいがやむを得ない、そんな人物が送られてきていた。


 正直なところ、あまり気持ちのいい外交ではないだろう。

 しかし、アエトスを迎え入れたのは、陰鬱さなど一切持たない快活な声だった。


 彼女と初めて出会ったときはよくわからなかったが、二度目の出会いで元気いっぱいな快活娘であることは、よくわかった。このころはまだ、格式なんて何ひとつ持たない聖女でもない少女でしかなかった。


 両手でスカートをわずかにつまみ上げてカヒナはお辞儀を行う。にこにことほほ笑む彼女に、後ろからでもわかるくらい、対面に立つアエトスの顔は緊張していた。


「こっ、これからお世話になります、オルニス王国第二王子のアエトスです! その、カヒナ殿のお出迎えを、心より光栄に思います」


 ラタとしては名前を呼ばれなかったことは当然と思いながら、主と未来の聖女の邂逅を一歩引いた場所から眺める。まだ幼い少年少女だったが、その年齢に似合わず絵になる立ち方をしている。

 対してラタは二人分の荷物を背負っている。いくらアエトスがラタを友人だと思っているとしても、主に荷物を持たせては侍従の恥だ。


 だから正直なところ、呼ばれたところで返事をできる余裕はなかった。


「アエトス様、そちらにいるのは――」

「あ、これは、侍従のラタです。以前も一緒でしたよ――ほら、いい加減荷物を俺にもよこせ。余裕ないくせに無理をするな。ていうか、一回降ろして挨拶しろって」

「だから、そうやって渡しちゃったら俺が一緒に来た意味がないだろ。それに、こういう場面では黙っておくものなんだ。侍従として、役割を果たさせ、ろ?」


 小声で主と話すその時、ふいに荷物が軽くなる。両肩にのしかかっていた錘がすべて取っ払われ、逆に体が軽くなったような気さえしていた。


 何が、と前を向けば、どこからか取り出した杖を自分に向けているカヒナの姿が見える。杖の先端からわずかに光を放ち、それはラタの荷物へ向けて降り注いでいた。


「簡単な軽量化の法術です。だいぶ楽になりましたよね?」


 ポカンとするアエトスとラタに、カヒナはほほ笑む。世界の法則を変える力――法術を使ったのだと理解するには、二人はまだ知らないことが多かった。まるで綿を背負っているかのように体の軽くなったラタは、ポカンと彼女のことを見ていた。


「改めてようこそ、アエトス様、ラタさん」


 自分の名前を呼ばれたことに気づいて、おずおずとラタは頭を下げた。

 このころからすでに法術の才を見せていたカヒナは、数年後には聖女への昇格が内定していたと言っても、過言ではないだろう。


 同年代の女の子の前で緊張しながらなんとかコミュニケーションを取ろうとしたアエトスと、他世界に興味津々で積極的に話しかけるカヒナの相性が良かった。


 王国と共和国、体制の違う別々の国の重要人物同士の会話というのは普通堅苦しいもののはずだが、この二人は数年来の友人が出会った時のような親しさで会話していた。

 カヒナは周りの目を気にする必要はなく、アエトスも緊張しながらも堅苦しくない、普段使いの一人称で話をするくらいに、打ち解けてはいた。


 傍から見ていれば、ズイズイと話を迫るカヒナに、随分アエトスはたじたじだったのだが。何よりカヒナが以前隠匿結界を使ってまでアエトスに接触しようとしたのは、本物の王子様というものを一目見たかったという理由だったのが、彼女への緊張を解きほぐす大きな要因となっただろう。


「カヒナ殿は、ここでの暮らしが、長いのですか?」

「はい。ですので、同年代の男の子とあったのなんて数年ぶりです。だからアエトス様はわたしにとって、初めての男の子のお友達なんです」

「そ、それは、大変、光栄です!」


 この時からすでに一目惚れを起こしていたのは、間違いないとラタは確信していた。

 十三年が経って、それがようやく成就した――はずだったのだ。



   ◆◆◆



 オルニス王国立新武装研究所。


 王城での激戦に対して各地の兵士たちも一部は王城へ詰めかけてはいたが、城下、そして城外の守りを完全になくしてしまうほど兵が動いたわけではない。王城への奇襲とて時には起こりうる。そうなった時ほど城下、城外への警備を怠ってはならない。


 まして、こうした城下町の隅にある研究所など、それこそ十人程度の数しか最初からいないのだ。ここから城まで派遣されるものなどいない。

 なによりここは、ラタにとってなじみのある研究所でもあった。


「ラタ、ラタじゃないか! 今日は殿下と猊下の結婚式だろう。どうしてここに?」


 扉を押し開けた瞬間立ち上がった人物は、目的の人物だった。


「おっちゃん、話はあとだ。彼女の手当てと靴、それに服を。女の人は残ってる?」


 奥から、何か御用ですか? と女性の声が聞こえると、ラタはカヒナの頭に乗っている即席ケープを取る。


 さらに隠匿結界の対象を兵士たちにまで広げれば、隠れていた姿がだんだんと浮かび上がってくる。その顔を見れば、カヒナ猊下!? と驚きの声が響く。

 アエトスの結婚に関しては国を挙げてのお祭り騒ぎとなり、カヒナのこともプラネトスの聖女猊下として大々的に報じられた。


 この偏屈な研究所に勤める研究員や兵士でも、王国に従事する者たちなら、彼女の顔を知っていて当然だった。


「アエトス殿下の命令で、カヒナ猊下を先に城下へ避難させてきた。後はこれから何とかプラネトス共和国へ移動手段を確保して、救援要請を送る。だから、彼女をしばらく一緒に護衛していてくれ。最悪、彼女だけもプラネトスへ送り出す」


 たとえこの場を乗り切れたとしても、カヒナが死んだとあってはオルニス王国の国としての信頼もメンツも総崩れだ。援軍が望めない上に、次期国王となるはずだったアエトスの支持も傾くかもしれない。


 なにより、アエトスが一番悲しむ。そんなことになるのは、ラタは絶対に許せない。


「猊下の護衛は承ったが、城はあの状況だ。海岸の駐屯部隊までいければいいが」

「そうだ。それと」


 ガチャンとガトリングランスを降ろすと、顔見知りの研究員へ向けて左手を伸ばす。


「おっちゃん、俺のあれ、メンテ完了している?」


 彼の言葉にピンと来たのか、研究員はドタドタと奥へと駆け込む。そして数十秒後、細長いケースをラタの前に差し出す。


「こいつの整備は俺たちがずっとしてきたからな。結婚式典にはでられてねぇで暇だったから、ばっちりやっといたぜ」


 彼が持ってきたケースを空けると、そこにあったのは一本の剣だ。機械部品を柄のあたりにいくつか仕込まれた特殊兵装だ。


 ナックルガード付きの柄を持ち、手に取ってそこにあるスイッチを押すと、刃の中央から左右に割れて、操作すればまた閉じる。まるで鋏のような機能を持ったその剣を数回左手に持って振るったラタは、伝わってくる感覚によしと答える。


 手早く戦闘用装備に着替え、さらにそばにあった筒をガトリングランスごと背中に括り付けると、交差するように剣を背負う。


 その間にカヒナは着替え終えていた。帽子を眼深にかぶり、防弾装備を全身に固めている。そしてその手には、簡易的な法術の補助装置もあった。


「ラタくん、増援の到着には、二日以上はかかると思います」

「ああ。だから最速で行く。みんな、頼むぞ」


 城下町からは、人がどんどん逃げ出している。城下町の隅にあるこの研究所の周りも騒ぎは大きく、待機していた兵士たちの何人かも避難誘導に向かっていた。

 おそらく、機人たちも王城から城下に向けてどんどん進軍してきていることだろう。


「ラタ、四輪車の用意ができたぞ。早く猊下をお連れしろ」

「すぐに行く」


 カヒナの手を引いて外に出ると、王城のほうから大きな爆発音が響く。市民たちが悲鳴と共に地面に伏せ、子どもたちの泣き声が響く。


 投石機にでも投げ飛ばされたのか、王城のほうから飛んでくる鋼色の塊が見える。


 民家をすり潰す凶弾。その正体は体を丸めた機人たちだった。

 今までの王城狙いから一転、城下にまで攻撃を仕掛けてきた。


「こいつらの装甲は新型のブレードじゃなきゃ刃が通らない。法術のほうが有効だ」


 ラタは自らの持つ情報を提供するが、如何せんこの状況だ。法術師が運よくそばに居るわけはない。


「曇天の門が開くとき、振り下ろす氷の礫は神の嘆き。叩きつける稲妻は神の怒り……」


 いや、いた。

 ラタのすぐ後ろに、プラネトス共和国でも有数の法術師が、そこにいた。


雹履一帯ひょうりいったい閃却万雷せんきゃくばんらい。天災をここに!」


 カヒナの手から放たれたのは、雷を纏った氷の弾。大砲の砲弾を凌駕する火力で放たれたそれは、目の前の個体に激突すると同時に冷気と電気を放出する。周囲にいた別個体ごと鋼の体を凍てつかせ、溢れた電撃はその回路をすべてショートさせる。


「カヒナの法術で雪を作って遊んでいた時とは、多い違いだな」

「そ、そんな古いことを思い出さないでください!」


 カヒナの力は対人法術としても相当の威力を持つこと間違いない。だからと言って、彼女を前線に立たせるわけにはいかない。法力は生きてさえいれば毎日生成して勝手に消費されもする。逆に言えば使えば減り、足りなくなる時もある。


 鉄の弾丸とて同じ事だ。使えば減る。補充できなければ銃など只の鈍器だ。法力を消費しきった法術師は、ただの的に過ぎない。


 追加の機人が飛んでくるが、着弾し立ち上がった瞬間にはラタがその懐に飛び込んでいた。柄についているトリガーを指で引き、刃の表面に炎が灯る。


火属性精霊サラマンダー法弾バレット!」


 炎熱の力を纏う剣が振り抜かれる。その一撃は、機人たちの装甲に一切阻まれることなく、容易く両断して見せた。


「行ける、こいつならやれる!」


 隣で立ち上がった別個体も切り払い、その胴体を八つ当たり気味に蹴り飛ばす。


「ラタ、早く乗れ、出るぞ!」


 次々飛んでくるものに構っている暇ない。優先すべきはカヒナを逃がすこと。

 今も轟音の響く王城内では、アエトスたち王族と親衛隊が戦っていることだろう。一刻も早い増援が必要だった。


「行くぞ、カヒナ」


 彼女の手を取って、ラタは車へ向かった。


 ラタの使う武器はまだ試作段階だが、他兵士が使う自動小銃や特殊合金ブレードとは明確に違う部分がある。その刃は確かに同じ特殊合金だが、その表面には淡い光が纏われていた。それは、まぎれもなく魔怪晶から齎された法力の光だ。


 魔怪晶を加工した『法弾バレット』を柄の機械部分に装填し、トリガーを引いて法力を開放する。それにより切断力や破壊力の向上、さらに熱を付与することによる溶断、電撃を用いた感電などといった法力付与エンチャントを疑似再現することが可能なのだ。


 ラタが目指した研究所は、そういった武器の実験部隊でもあった。部隊長は腕利きの武器職人であり、魔怪晶を使った武器にも精通する腕利きだ。


 城の中でも日夜研究がおこなわれており、研究所を中心として、その実戦実験が繰り返されてきた。ラタもアエトスの侍従として勤める傍ら、この実験部隊の協力をしてきた。アエトスがこの類の特殊兵装に興味を持ち、自らも同じ系統のショット・アックスを愛用しているのもこの縁あってのことだ。


 この剣は試作品であるが、いずれ王家の近衛騎士向けに量産される予定でもある。

 そのこともあって、実際に使用することになるだろうラタの率直な意見を聞きたいという要望も加えて、この人事は成立したのだ。


 それが功を奏した。総じて『法力兵装』と呼ばれる武器。その一つが、彼の振るう『可変剣弓ソード・ボウ』と簡単に名付けられたものだ。


 車の上に陣取り、目を閉じて周囲を警戒するラタの感覚に、一つ、また一つと引っかかるものがある。


 昔から、彼はこうして目を閉じると、周囲の物質の存在を感知できる。初めてカヒナと出会った時も、隠匿法術が発動していてもその存在を知ることができた。


「前方に影……この感じ、機人か」


 すでに回り込まれていた。同行する兵士が双眼鏡で見つけた時には、すでにラタの第六感には見えていた。


 彼はソード・ボウをくるりと掌の上で回す。すると、鍔と柄が二つに分離し、刃もそれに合わせて分割される。ほぼ左右対称に分かれて展開すると、左右の刃の先端と先端に細い糸のような光が走る。もとは鍔であった部分は弓柄グリップとなり、形状は剣から弓へと変わった。その名の通り、これは剣と弓、二つの形態を持つ。


 先ほど確かめていたのははさみのような構造ではなく、この変形機構だった。背中の筒から引き抜いた矢を、迷うことなく彼はそこに番える。

 その先端も、法力の結晶体である魔怪晶だ。


「天地に鳴り響く神の怒りの一端をここに!」


 詠唱に呼応して、魔怪晶の鏃を取り巻く文様が現われる。それは方法問わず高度な法術が使われた時に現われるもので、意味はおそらくあるだろうが、ラタにはよくわからない。

 ただ、この文様が出てきたときは法術がちゃんと起動したということだ。


「飛べよ、雷鳥!!」


 雷を纏った矢が飛んでいく。雷で構成された翼を生やし、本来の矢ならば真っ直ぐ飛ぶ軌道を、まるで本物の鳥が自由自在に飛び回るかのような軌道を描いて飛んでいく。


 機人の装甲を食い破ってめり込むと、周囲に向かって四肢から電撃が放たれる。刺さった相手を媒介にして周囲に電撃を放つ矢弾。これが法弾の力だ。


 この一撃で複数体の機人が行動不能になる。くるりとまたソード・ボウを回すと剣形態に戻り、まだ動ける個体の首を胴から永遠に切り離す。


 弓形態に変形した時に光る弦が現れたのも、やすやすと機人の首を撥ね飛ばしたのも、魔怪晶の中の法力あってこそのものだった。

 法術師の技が効果あったように、ラタの剣も機人たちを問題なく倒すことができる。


 自分の切り札が敵に通じたことに安堵しつつ、周囲の警戒に戻った。


「必ず援軍を連れてくる。それまで生きていろよ。アエトス」


 彼らの乗る四台の四輪車は、海へと続く長い街道を、ひたすらに走っていった。



   ◆◆◆



~第■■■番世界~


 遥か彼方まで鬱蒼とした森が広がる大地。嫌になるほどの湿気と燦々と輝く太陽が照り付けるその場所に、ぼろきれで作ったテントがあった。


 テントと言っても、木々にかろうじて括り付けた布でできた天井があるだけ。この多種多様な動物が支配する場所にたった一人でしか住めないようなテントに永住するものなど、普通はいない。


 この地域で活動するための、簡易的な拠点であることは想像に難くない。

 その作成者、黄昏色の髪を持つ少女は今もこの地にいる。


「んぬぅ……。なんかよくないことが上の方で起きているみたいだね。ボクみたいなヒトが一人くらいやってきそうかな、これは」


 ポタリと垂れる汗を拭い、その人影は空を見上げた。


 太陽から顔を隠し、目を細める。真っ青な雲一つない空がその先に広がり、その向こうには漆黒の虚無が広がる。紫色のその目に、遠くの空に浮かぶ鋼色の塊を映す。


「あれができてから、すでに一か月以上か」


 彼女がこの地にやってきたのは、つい先日のことだ。それから何時間かの調査で、いろいろとわかっていた。


 この地で何をすればいいか。今の自分に何ができるか。それはよくわかっている。


「必ずぶっ飛ばしてあげるからさ。この世界は、滅ぼさせない……!」


 聴くものなど誰もいない、それでも声を上げずにはいられなかった。


 近くの川のせせらぎがあまりにも穏やかに聞こえるせいで、この世界が滅びに向かっているなど誰も信じられないだろう。



   ◆◆◆



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