2-2 機皇邂逅


 鋼色の人形、それは正しくは機人と呼ばれる個体だった。


 人間のような形をしているが、その皮膚はゴム繊維質製だ。中身は鋼鉄のフレームと電気を通すケーブルや潤滑油を通すホースなどが絡まり合い、人の形を成立させていた。


 武器となる連射銃付突撃槍ガトリングランスを標準装備し、時折首に当たる部分のスピーカーから音声を発していた。


『☆&∂%∂☆∂¢μ♭∂』


 ガトリングの連射と共に繰り返される言葉は、こちらの返答など待つつもりはない。


 上層の兵士たちの警告が早かったおかげで助かった者たちは多い。王城は広い、広ければそれだけ多数の人員が働いている。

 むろん、ほとんどが非戦闘員だ。形式的に護身訓練は受けているだろうが、それも形式の話である。


 上層からの最後の通信では、自動小銃も対獣焼夷弾も効果なし。その時点で非戦闘員の非難は開始されていた。王城の地下シェルター、もしくは王城からの脱出を目標として動き、機人たちはすでに結集しつつある近衛兵と王城常駐兵たちとの交戦に入っていた。


 そして、礼拝堂にいたラタ、そして王家の者たちも、式典用服の上に軍人としてのマントを羽織って、武器を手に取っていた。


「状況は」

「敵の正体は依然不明。鋼色の人型兵器ということらしく、開発中の自立人型魔装オートマタと類似している模様」

 ――と、国王の言葉に通信兵が通信機を片手に応える。


 世界各地の獣を狩ることで、得られるものがある。


 ――『魔怪晶まかいしょう


 この世界に満ちる法力が結晶化することで誕生する結晶とされており、自然界で多く発見されるものだ。


 地面を掘っても、木を切っても発見されることがあるが、獣たちが体内に宿しているものほど価値はない。

 正確には、この結晶から獣たちは誕生するのだが、それは現在どうでもいい。


 ともかく、この結晶体はそれだけでエネルギー炉心となりえる。それ相応に高純度で巨大なものが必要だが、これを使えば人型の自立兵器も開発可能になるとさえされる、自然界の神秘である。


 むろん、そんなものを軍隊でもおいそれと手に入れることはできない。


「つまり、そんな高度な技術を湯水のように扱うことができるような敵というわけか」

「鋼の表皮と報告が来ていたな。法術師部隊の攻撃は?」

「現在、三名の法術師による攻撃に成功。火属性、水属性による攻撃は効果が薄く、氷属性、鋼属性、雷属性の法術により後退および撃破を確認とのことです!」


 通信兵の回答にアエトスは右手を顎に当てる。彼の言葉から、自分が取るべき行動を考えたのだろう。


「法術が効果ありか。俺のショット・アックスをここに」


 オルニスの軍人が結婚する時の儀礼の一つに、配偶者への武器の譲渡がある。

 実際に武器を譲るわけではなく、自らの力を、配偶者を守るために振るうことを誓うという、古くは騎士から王家への誓いを基にした儀礼だ。このために、王族は酒を入れていなかったのだ。


 アエトスもそれをカヒナにしようとしたのだろう。そのため彼の愛用の武器がすぐ手元に用意されていた。


「それで貸剣たいけんの誓いをするつもりだったのかよ」

「斧だとか銃だとか細かいことは気にするな。法弾装填確認」


 斧付自動小銃ショット・アックス、これも魔怪晶の恩恵の一つだ。銃剣ならぬ銃斧じゅうふを搭載した小銃で、才能がなくても様々な法術を魔怪晶に込めて発射することで発動できる。

 現在オルニス王国が開発中の、対獣携行兵装の究極系だ。

 試作段階の武装として、アエトスが一つ所有している。


 国王や兄王子は式典用サーベルを腰に下げていた。式典用でも刃はある。だが、実際に戦闘に使うものに比べれば貧弱で切れ味も悪い。残るはかき集めた小銃だけ。


「奴らを一体でも多く無力化し、武装を奪う。王家の者がそんな山賊染みたことをしなければならんとは、世も末だな」

「結構なことではないですか。無粋に踏み込んできた相手に対し、無粋に反撃する。聞けばこの国の成り立ちも、そんなものだったと」


 兄王子の指摘に国王は不機嫌な顔をする。


 だが確かに、息子の晴れ舞台に土足で踏み込んできた者たちを追い返すのに綺麗も汚いもない。その行いに対して、それ相応の報いをくれてやらねばならない。


「長話はここまでだな。各階からの通信が次々と途絶えている。法術師部隊もそう多くはない。最前線に全力を投入する。城下駐屯部隊は市民の非難を最優先とせよ!」


 つまり、今この城にいる戦力だけで、未知の戦力に対して戦うということだ。


 本来ならもっと大量の戦力を投入したい。

 だが相手が頭上から現れたという以上、その戦力を城下に差し向けられれば対応することが物理的距離に阻まれてできない


「ラタ、そんな時だが、お前に頼みたいことがある」

「殿下の御意ならば、最前線とて務めましょう」

 片膝を突き、首を垂れるラタ。自分たちを守れ、その命令が下されるのを待つ。



「カヒナを連れてプラネトス共和国へ逃げろ」



 それは、戦線からの離脱命令だった。


「アエトス……!?」

「俺の妻を頼むぞ。プラネトスの大統領への救援要請も兼ねているんだからな」


 結婚式は、完了した。誓いのキスもやり、披露宴もやり、拍手喝采の中王城前広場に集まっている民衆へのスピーチが、これから行われるはずだったのだ。

 今頃、民衆は蜘蛛の子を散らすように避難して、もう誰もいないことだろう。


 侵略者を迎え撃つ王たちとは別に、民同様逃げろと、アエトスは言う。


 突然の言葉に立ち上がったラタは、努めて冷静になりながら、彼の言葉に反論する。


「待て、俺は第二王子の近衛侍従だ。この命尽き果てるまで王子を守る使命が――」

「なら、その妻を守るのも、使命の一つだろう」


 なんとも言えない穏やかな顔で、アエトスはラタの肩にそっと手をかける。


「頼むな。お前にしか、できないことだ」


 生まれてから、記憶のある限りラタはアエトスと共にいた。物心つく頃には、彼を守ることを使命として刻まれてきた。その命令に対し、命を賭すことを自ら誓った。だから、彼の命令があれば命だって捨てられる。


 けれど、捨てるなと言われたら、自分以外を守れと言われたのなら。

 やるしかないではないか。


「待ってアエトス様! わたしは聖女の一人です。法術が効くなら、わたしが――」

「殿下の勅命、拝命いたします」


 たとえそれが、アエトスを一時的にといえども、危険にさらすことであるとしても。カヒナの言葉を遮って、ラタはそう告げた。


 直後、礼拝堂近くで爆発が生じる。

 通路を猛スピードで吹き抜けていく砂塵が参列者の服を汚す。もう、ここは華やかな結婚式場ではなく、戦場の一部と化してしまった。


 土煙の奥から除く、無機質な光が一つ。


『∇&☆∂%♭&∂%§☆☆μ◇・☆§☆∂%&¢μ♭&』


 くぐもった電子音が響く。ついに、機人の魔の手はここまで辿り着いた。


 まるで目標を定めたかのように大挙して押し寄せ、他の制圧に動いていた個体まで、披露宴会場までなだれ込む。

 城内にあふれ出した機人たちは、容赦なく歴史も伝統も破壊していく。響き渡る悲鳴を劇伴にして、彼らは突き進む。


 未来永劫の平和を約束するための式典は、こうして崩れ去った。

 その仕掛人が、王家の前に姿を見せる。ただし、立体映像として。


『初めまして。オルニス王国の諸君』


 機人の一体の顔から投影される映像に映ったのは、二メートル以上は優にあろう巨体だった。鋼色の肌からわかる通り、これも機人の一体なのだろう。


 だがその両肩からは蛇のようなものが生えており、胴体はムカデを思わせる多重関節の足が何本も生えた節くれだった形状をしている。

 人と獣の機械を合体させたかのような、異合の存在がそこに映る。


『私は、機皇サイバード。数多の世界を統べる皇であり、劣等種の救済者である』

「そうか。そして、いかようの理由で我が国に参られた。そして、何故侵略する」

『侵略? 低俗かつ闘争本能を多少抑え込んだ猿の言葉で、私の神征を表現するな』


 大きなため息、のような動作をした機皇の言葉は、一切の引け目などない、善意と使命感で発せられた言葉だった。


『私たちの洗礼を拒む必要はない。オルニス王国の王よ。貴様らの身の安全は保障しよう。我が配下と共にこちらに来い。貴様らの恭順を認めてやる。私が、今日より貴様らの未来を管理する者だ。マスターと気さくに呼ぶといい』


 傲慢、という表現では謙遜が過ぎる。これは紛れもない、他者の存在そのものに対して嫌悪していなければ出てこない言葉だ。


 悪意を通り越した悪意、それを機皇は突き付けてきた。


「だそうだ。次期国王陛下」


 父からの言葉に、息子が応える。


「お前が何を語ろうと、多くの兵を傷つけたことに変わりはない。まして、オルニスの王は、決して兵も民も見捨てはしない! 貴様の付きつける恭順になど、誰一人、屈しはしない!!」


 それこそが、オルニスの選び取る道、アエトスが歩むべき道、ラタが守るべき道だ。


「行け!!」


 国王すら殿となり、カヒナを行かせる。

 ショット・アックスから放たれた雷の弾丸が、機人たちを吹き飛ばしてその間に隙間を作る。その中を、カヒナの手を引いてラタが駆け抜けた。その視界に、笑顔を浮かべるアエトスの姿があった。


 すぐに小さくなっていく背中に、ようやくアエトスは肩の荷が一つ降りた。


「任せたぞ、ラタ」

「狙いはわたしたち王族らしいな、こいつら。カヒナ殿には目もくれなかった」


 国王の指摘にアエトスはふっと笑う。つまり、彼女は狙われない。


「情報が古いんだよ。木偶人形ども。全員スクラップにして廃品回収に送ってやる!」


 続いてアエトスが発動したのは、風の法術だ。その身を風が渦巻き、鎧となった。



   ◆◆◆


 王城の廊下を駆け抜けるラタ。幸いにも狙われることなく、カヒナとともにある場所を目指して走っていた。


「待ってラタくん。アエトス様が、アエトス様が!!」

「そのアエトスの命令だ。君だけは何としても逃がせと、次期国王からの命令だ」


 爆発を繰り返す王城をラタは駆け抜ける。


 カヒナはドレスに身を包んだ状態であるから、走りづらそうで時折躓いていた。

 人生初めての結婚式だ。愛する人との最高の瞬間を過ごすための正装が、いま彼女の足を引っ張っていた。


 息切れする彼女は壁に手をついて呼吸を整える。その間もラタは周囲を警戒し、追っ手がいないかあたりを見渡していた。


「なんで、こんなことに……」


 だんっ、と壁を叩くカヒナに、ラタは何も言えなかった。

 誰もがそう思っている。せっかく結ばれたオルニス王国とプラネトス共和国の和平条約。十年ぶりの平和を多くの者たちが待ち望んでいた。その証として、平和の象徴として、彼らの結婚式が執り行われるはずだった。


「ようやく、アエトス様と一緒に居られるはずだったのに」


 機皇の軍勢――『機皇軍きこうぐん』が、それをぶち壊す。敵は城の兵士たちが扱う自動小銃も焼夷弾をものともせず、機銃の付いたランスを突き出す。


 通信からの情報では一部兵士のみが持つ特殊合金ブレードであれば対応可能ではあるとのこと。だが、戦況は圧倒的に不利だった。


 突然の襲撃ということもあるが、何より肉体的強度の違いはやはり厳しい。攻撃力に関しては、あまり差はないはず。しかし体力、というより生命力の違いがオルニスの兵士たちに苦戦を強いていた。

 何よりすでに、国王たち王族が戦闘状態でもある。これは負けに等しい状況だ。


 そんな状況でも、一つだけ勝利する要因があるとしたら――

「カヒナ、先に謝っておく。すまない」


 ラタは式典用のサーベルを引き抜くと、彼女のドレスを切り裂く。大量のレースが編み込まれた豪奢な、それこそラタが一年間で貰える給料全額より二、三十倍は高いであろうドレスが解体されていく。


 若干焦げたそれを纏め、縛り上げてカヒナの頭にかぶせる。ドレスの長さ故、二の腕まで隠すフードケープとなる。

 ヘルメットほど頑丈ではないが、最低限火の粉から彼女を守ってくれるだろう。

 ドレス職人には心苦しいことこの上ないが、今は緊急時。もし会えることがあったら、心の底から感謝と謝罪をしようと心に決める。


「行くぞ。せめて城下町まで出て海岸へ。何とかプラネトスへ連絡を取るんだ」


 救援を求めるならば、プラネトスしかない。和平条約を調印しただけで同盟関係になったわけではないから、彼らにオルニス王国を助ける義務はない。


 だが、ここで同じ世界の他国か、違う世界であってもカヒナの生まれ故郷の二択だというのなら、アエトスは後者を選んだ。


 だからラタにカヒナを連れ出させた。

 自らは王となる者として、最前線に残りながら。

 愛用のショット・アックスをぶっぱなしながら、笑いながらラタとカヒナを見送った。


 死ぬつもりはない、目はそう言ってはいたが、それもどこまで事実となるのやら。兵も民も見捨てるつもりはないと豪語する男の背中は大きかった。

 王として国を背負ったアエトスに、背中を見せての逃避は許されないのだ。


『¢μ仝Ζ&◇¢♭§☆§☆∂◇仝◇』

『&∂☆μ☆§◇☆μ仝¢♭§・%&*§☆∂¢μ♭&』


 ガラス状の顔面に彼らの文字が表示されるとき、同時に流れる電子音は機人たちの言語だった。ラタたちには理解できないが、その動きで何を判断したのかくらいはわかる。


 先ほどは見向きもしなかったラタとカヒナに向けて走り出し、ランスを突き出すのではなく腕を伸ばすことから、二人の内どちらかは捕縛対象に認定されたのだろう。

 彼らの王である機皇はこちらの世界の言葉を理解しわかるように宣戦布告をしてきた。そこから投入された機人たちはこちらの言語をほとんど介さないため、こうして走ってくるだけでも、異様な恐怖を纏って襲い掛かってくる。


 ラタとカヒナを追う機人は二体。迫りくる機人へ向けて走り出したラタは式典用サーベルを逆手に構える。切り付けたとしてもさほどダメージはない。


 なら彼らを覆う鋼に色の肌と肌の隙間――ゴム素材のようなスーツ部分を狙い、そこに逆手で突き立てる。ラタかカヒナか、それとも両方とも生け捕りにしようとしたのか、機人の攻撃は思った以上に手緩い。


 それならラタにとっては好都合極まりない。式典用サーベルはへし折れるが、機人の肩から胴体を貫通する。痛覚があるのか、電子音を持って叫びをあげた。ガラス状の顔から光の失われた機人が握っていたガトリングランスを奪い取る。


 その先端をもう一体へ向ける。引き金を引くより捕まえられるほうが早い。サーベルを突き刺したほうの機人を盾にして受け止めると、そのまま突撃する。


「うぁああっ!」


 訓練でも出したことのないような声を上げて突っ込む。

 やはり大型のランスは強力で、機人の装甲も突き破った。柄にあるトリガーを引けば、内蔵された銃器が火を噴いた。


 機人の装甲をズタズタに引き裂き、生命機能、というよりただの機能を停止させる。

 ガトリングランスを引き抜くと、怯えるカヒナの手を掴んでラタはまた走り出した。


「ラタくんどうするんです。どうやって逃げるんですか?」

「本来なら、カヒナが来たら早い段階で教えておくつもりだったんだけどな」


 追加で現れた機人に槍を突き刺し破壊すると、持っている弾薬をいくつか取り外す。

 本来の武器ではないため使い慣れないこのガトリングランスでは、あまり長いこと戦ってはいられない。それでも弾薬は必要だった。


 すでに通信で広まっているのだろう。数名の兵士や法術師に助けられながら、城内の廊下を抜け、歪んだ厨房の扉を蹴破った。カヒナの手を取って中に入り、奥にある大きな冷蔵庫を壁から離す。そこに現われたのは、ぽっかりと開いた黒い穴だった。


「ああ、隠し通路があったんですね」

「ほかにもいくつかあるけど、これだけは特別。城の一番地下にまで直通。行くぞ」


 垂れ下がっているワイヤーと器具を腰に付けると、カヒナを抱えて降下する。冷蔵庫とその後ろにある扉は自動で閉まっていき、彼らの頭上から漏れていた光は少しずつ消えていく。これで追っ手は隠し扉に気づくことはないはずだ。


 ――きっと、逃げ切れる。


 ただ、奈落の底に落ちていくような感覚で、カヒナの中で今まで押し殺していた不安が膨れ上がってきたのだろう。ドレスを改造した頭巾に顔を埋めると、小さな嗚咽を漏らす。


「アエトス様。どうか、どうか……」

「あいつなら大丈夫だ。逆に何かあった時に君が法術を使いまくって無茶しないかって心配していたくらいなんだ。君は君自身を守るために使ってくれ」


 城の中にはもちろん通常の兵士以外にも法術師もいた。彼らの使う法術が機人たちに通用したからこそ、今こうしてラタとカヒナは脱出できたのだ。


 カヒナが残ってその大神官級の力を振るえば、もっと戦えたのかもしれない。

 だからと言って、次期王妃を最前線においておくことなどできるわけがない。なにより、アエトスもオルニスの兵士も、そんなに弱くはない。


 数秒後、ようやく一番下まで到着した二人は、ライトを使って暗い廊下を進んでいく。

 城下町の端まで続いている長い通路だ。地下の上下水道よりも低い場所に作られた緊急脱出用のルートは、異様な静けさに満たされていた。


「カヒナ、君は外に出たら自身に隠匿結界を発動してくれ。間違っても城全体を覆う結界を発動しようなんて思うな。アエトスは君の安全を最優先しろと言われているんだ」

「ラタくんには、わたしがやろうとしていることはお見通しなんですね」

「力を増幅させる媒体はないんだ。無理をさせるわけにはいかない」


 法術は使用者の能力、技量、いくつか存在する中で使用可能な属性の数、それらの他複数の要素を持って階級ランク分けして評価される。

 彼女はその中で言うと、『大神官ハイオラクル級』と呼ばれる。


 発動媒体そういうものがなくても大神官級の彼女なら大概の法術は発動できる。だが、この城と城下町全体を覆うような防御結界の発動まではできない。


 銃火器より強力な法術が使えたとして、物量で攻めてくる相手に詠唱時間という隙が少なからず生じる者を、混戦の中に立たせるわけにもいかない。

 人間をはるかに超えた身体能力を持つ機人たち、その力は驚異的だった。


「着いたな。俺が先に上がるから、カヒナは合図したら上がってくれ」


 出口は城下町の空き家に繋がっていた。ラタは警戒して先行するが、ひとまず問題はなかった。路地裏から外に出ると、逃げ惑う人を見つける。やはり敵の狙いは王城に集中し、大通りは人でごった返しているが、攻撃の手は緩い。


 代わりに王城を狙う攻撃の流れ弾が、その周囲を火の海に変えていた。


「ひどい状況だな、これは」


 震える手で自己隠匿術を発動したカヒナは、彼女が見せようと思った相手以外には見えなくなる。苦しそうな顔をしているのは、アエトスの力になれないからだろう。


 この隠匿結界は、アエトスとカヒナが出会うきっかけになったものだ。堅苦しい式典に飽きた彼女が、絵本の中の存在だった王子というものに出会いに来るために必要だった。

 その術を、街で誰かから隠れるために使う。あの時と同じ、見つかってはいけないから使用するのに、今回は会いたい人から離れていく。


 こみ上げてくる不安を、手を握るラタも痛いほどに感じていた。だからこそ、次の方針を示し、心と体を動かし続けた。


「知り合いのいる研究所が近い。そこなら車もある」


 ラタとカヒナはまた走り出した。ラタの式典用の軍服は煤に汚れで、背には上着で縛り付けたガトリングランスがある。頭に切り離したドレスのケープをかぶったカヒナは、すでにハイヒールの靴など脱ぎ捨てて、裸足のまま石畳の街を駆け抜ける。


 もし二人の姿を王家の関係者だと理解したものがいたのなら、王城から上がる火の手と合わせて確信したことだろう。

 王家の敗北という、彼らの未来を暗黒に染め上げる事実を。


 あふれ出しそうな怒りと涙を押しとどめて、彼の主であり彼女の夫である男の無事だけを祈って、ただ走った。


   ◆◆◆

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