Chapter.2『世界に鋼の祝福を』

2-1 敵機侵略

 礼拝堂から運び出された祭壇が見守る中、披露宴は進行役が勧めていた。


「それでは、新郎アエトス殿下のたっての希望で、ご友人代表としてラタ様よりお言葉をいただきます」


 パチパチと鳴り響く拍手に気恥ずかしくなるが、ラタは表情を崩すことなく壇上に立つ。夫婦席に座るアエトスとカヒナはニヤニヤ笑いを隠すことなく彼のことを見ている。その表情はよく似ており、まさしく夫婦の顔と言ったものだろう。


 国王や兄王子も同じような笑みを浮かべている。咳払いしても笑いを起こしそうな気がしたので、さっそく始めることにした。来賓はともかく、王族たちに関してはまだこの後大切な儀式があるので酒は入っていない。恥ずかしいことを口走っても酒で忘れてもらうということは期待できないだろう。


「アエトス殿下、カヒナ猊下、此度のご婚姻、心より祝福申し上げます。生まれた時より殿下に仕え、私の人生の大半は殿下とともにありました。カヒナ猊下とは十三年前にお会いし、殿下の大切な恋人として、護衛を仰せつかることもありました。こうしてお二人の式に参加させていただいたこと、心より嬉しく思います」


 今までにないくらい懇切丁寧な言葉遣いにラタのいつもの様子を知る者たちはクスクスと笑う。多くの貴族も居る状況なのだ。こうなるのも仕方がない。


「十年前、アエトス殿下の手紙をカヒナ猊下に届けたころから、お二人の関係を見守ってまいりました。それを機密文章か何かと勘違いしたものたちから妨害されることもありましたが、無事、手紙を届けることができました」


 ちなみに、そうやって邪魔をした一部主戦派の貴族や大臣たちは、停戦条約締結前にその役を剥奪されている。それを知ってか知らずしてか、会場に笑いが起こる。


「アエトス殿下とカヒナ猊下は、その十年間の思慕の想いを抱き続け、ついにこの日を迎えました。これから先の未来、その全てを守り抜くことを、私はここに改めて――」

 宣誓いたします――その言葉を紡ぐことは、できなかった。


 王城を構成する物質が弾け飛ぶ音は、まるで悲鳴のようにも聞こえた。



   ◆◆◆



 歓声が鳴り響くオルニス王城外周部。


 天井とステンドグラスに覆われた礼拝堂の中からでは見ることのできない王城の真上に、快晴だったはずの空を閉ざすどんよりとした雲が集まり始めた。


 突然の天候の変化に、王城の警備担当の兵士たちの胸中に不安が立ち込める。今現在、街では王城内で行われている結婚式と披露宴の模様が中継されているため、市民の間ではお祭り状態が継続中だ。

 それに水を差すようなこの天候だ。ただ雨が降るならいいが、雷や強風となればお祭りも終わりを迎えなくてはなるまい。


「たっく、天気も気が利かねえな。殿下の結婚式だってのに」

「どうせ俺たちは祭には加われねえんだ。いっそパレードが延期してくれれば俺たちは参加できるかもしれないぞ」

「縁起でもないこと言うなって。カヒナ猊下が悲しまれるだろう……ん?」


 ふと、一人の兵士が空を見て気づく。雲の中で、何かが動いた。


 鳥だろうかと思ったが、それにしてはデカすぎる。では何かもっと大きなもの――例えば神獣に属するようなものたちか? たとえそうだとしても、こんな人里までやってくるとは思えない。


 では、何がいる。


「おい、双眼鏡、持ってこい」

「あ? まあ、いいけど」


 一分とたたずに同僚が持ってきた双眼鏡を、兵士が覗く。

 どんよりとした鈍色の雲の中を、何が泳いでいる。目を凝らし睨むように見ていると、少しずつその輪郭がわかってくる。


「なんか、円形? だんだんでかくなってねえか!?」


 空気を押しのける音が聞こえてくる。大型四輪車のエンジンを吹かしているときのような重低音とともに雲の中から現れる巨大な建造物。鋼の色を纏った円盤型の物体が、王城上空に姿を現した。


「警鐘を鳴らせ!!」


 判断は遅くなかった。ガラスに包まれたスイッチを叩き割るように押した直後、確かに王城全体に警報が鳴り響いた。手持ちの通信機から、多方面へ警告が走った。


 だが、その時点ですでに敵はそこにいた。

 上空に現われたのは巨大な鋼色の塊だった。


 天地がひっくり返って存在する『逆転世界』まるで国一つを蜃気楼で空に浮かべたかのように見えるのだが、それは紛れもない現実の風景だ。自然が作り出した投影でなく、誰かが起こした超常現象である。

 そこから降り注ぐのは、雨でも雷でもない。


 鋼色の、破滅の使者たちだ。


『※§仝〒&∂¢μ☆仝◇仝〒&∂〒♭§☆∂』

『¢μ仝§〒∂☆§仝¢仝』


 独特の電子音で会話をするそれは、鋼の装甲を黒いゴム製スーツのようなものに張り付けたマネキン、と表現できるようなものだった。

 顔のあたりはガラス状のものに覆われ、時折光が文字のような形で明滅する。

 人間と変わらぬ四肢。その手には槍のようなものを持ち合わせていた。


「侵入者だ!」


 敵とみなすのに時間はかからなかった。


 鋼の人形たちに向けて背負っている武器を向けると、すぐさまトリガーを引く。

 オルニス王国兵士に標準装備されている自動小銃。人間ならその一発で肉を裂かれ死に至ることもあるだろう。


 だが、鋼の人形たちはそれをもろともしない。頭部と装甲のない部分を守るように身を屈めると、腕と足の装甲ですべての弾丸を弾くか反らす。

 その強度に、兵士たちは確信を持って後退りする。


 ――こいつらは、自分たちの装備でどうこう出来る奴らじゃない!


「グレネードだ!」


 自動小銃ではどうにもならない。そんな敵、いつだって想定している。


 この世界に、オルニス王国もその周辺国も、プラネトス共和国でさえ共通する認識がある。世にはびこる獣たちだ。


 獣たちはその古さや強さ、巨大さ、生息域などで様々なに分類される。遥か古代より生き抜いてきた竜のような神獣、あまりにも強く巨大で自然環境に影響を及ぼしかねない怪獣など、自動小銃が効かないものなどいくらでもいる。


 それらに対抗するのが、対獣焼夷弾。爆発の威力ではなく熱量に対して注力した爆炎を起こす。硬い皮膚や大量の毛皮に守れる獣でも、熱を防ぐのは難しい。

 逆に凍結させるための冷凍弾もあるが、あれは焼夷弾以上に金がかかるので、常備武装にはない。


 今回は、そちらのほうが必要だったのだろうが。


『〒μ仝☆&∂@&☆§☆∂◇仝◇』


 鋼の人形たちは全身から冷気を放出すると、まとわりつく炎を消し去った。

 相変わらず顔の画面は読み方不明の文字を表示しているのが兵士たちには気味悪く思え、どうしても足を一歩、また一歩と後ろに下げてしまう。


 兵士たちを睨む鋼色の人形は、おもむろに槍を構えた。


『%§仝+&』


 洪水でも起こしたのかと思えるほどに弾丸が溢れ出る。彼らが立っている外周通路は城の周りに対して防壁はあるが、通路の途中にまで防壁はない。そこまで侵入されている時点ですでに城は陥落していると同義なのだから、ないのは当然であった。


 かろうじて数枚常備している鋼鉄製の対暴徒用防盾ライオットシールドがあるくらいだ。仲間を守ろうと前に出た隊員の盾が、まるで獣に食い千切られたかのように抉られていく。


 手足、体、ありとあらゆる個所が削り取られ、後方の仲間も巻き込まれる。一切の容赦なく、風の目の塵のように、兵士たちは蹴散らされた。


 ガシャンッ、と音を立てて次の鋼色が舞い降りた。次々と降り立つ脅威が、オルニスの王城を染め上げていく。


『〒&〒∂◇♭∂☆§仝¢%仝』


 突撃開始、とでも言ったのか。雪崩を打って一斉に場内へと進入する。

 王城の最上階、つまり国王の謁見室の上部に設置された爆弾が、王家の象徴とも言うべき階層を破壊する。


 その音は城下にも響き渡り、国民たちの目にある光景として焼き付けられた。


 ――王城陥落。


 そんな、四文字が作る最悪の未来を連想させる光景として。



   ◆◆◆

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