錆びた剣をそれに振るう

赤き月光

第1話 日常①

 ジリリリリリン。

 5時になると,目覚まし時計がけたたましく鳴る。

「ふぁ…もう朝か…」

 少年は目を擦り,目覚まし時計を止めて起き上がった。


 今日は休日。といっても,少年の住む村では平日と大した変化はない。いつものようにジョウロとカゴを手に取り,畑仕事に向かうのみだ。平日は学校にもいくが,たったの三時間である。彼はそれに飽き飽きしていたが,飼い犬のグリーンだけを生きがいになんとかやってきた。


 少年は玄関に向かうと,道具類を確認し重たいドアを開けた。朝日が入ってきて思わず目を背ける。庭を抜け,家から見て南の方向に進むと,12歳のときに両親から分け与えてもらった畑に着いた。

「さて,今日の仕事もすぐに終わらせてしまうか」

 同じような仕事をもう2年は続けているのだ。つまらないのは慣れっこだった。


 でも,今日ばかりは全く違った。


 朝起きたその瞬間から,昨日とはどこか違う感覚がしている。妙に身体が身軽なのである。よく眠って疲れが取れただけか,とも考えたが,昨夜はそこまで寝ていない。最も,少年にそのことを気にする余裕はなかった。

 今は6月の中頃の収穫シーズンで,ジャガイモを育てる彼にとっては一年で最も忙しい時期と言える。それなのに,変な感覚がしたから今日一日サボるなんて父親に言ったら,父親は顔を真っ赤にして怒ることは間違いない。ただ,それも今日で終わりだ。この調子でいけば,今日で収穫を終えられる。


 カゴのなかがジャガイモで一杯になると,少年は立ち上がった。

太陽は既に東の空に登っていた。恐らく朝7時過ぎだろう。

くるりと畑に背を向けて走り出す。木の上の名も無き鳥たちは一斉に飛び立った。背中で戦利品がぶつかりあってゴロゴロという音を立てている。傷がつくからやめなさいという親の注意には構わず,整備されていない土の道をただ走った。


 焦げたベーコンの匂いがしてきて,我が家の赤い屋根が木々の間から覗く。

家に着くと,足を使って乱暴にドアを開け,玄関にジャガイモの入ったカゴを置いた。急いで自分の部屋に戻って土のついた服を着替え,朝食が待つダイニングへと向かう。朝食はサラダとジャガイモのスープで,もちろん少年が収穫したものだった。自分の部屋に戻った少年は,少し休もうとベットに横たわった。ベットは少し動く度にミシミシいうが,窓からくる日光が心地良く,いつの間にか少年は眠ってしまった。


 しばらくして,少年は目を覚ました。立ち上がると既に暗くなっていた。あまりの早さに少年は瞬きを繰り返したが,夜になっていることは間違いなかった。

「休日一日,無駄にしたな…」

 少年はそう呟いたが,正直なところどうでもよかった。平日と休日を分けるものといえば,父親が外出しているか否か,ということだけだった。

「結局,なにもできなかった…」

 これは本心だった。休日を有意義に過ごしたい,いつもそう思っているのに,実際そういうふうに過ごせたことは一度もなかった。夜になると後悔が襲ってくるから,もはや休日は嫌いだ。それくらいなら,平日に労働と勉強だけをやっておけばいいと思っていた。


 少年は立ち上がると,空気を入れ替えようと窓を開けた。すると,異様に紅く染まった空が目に入ってきた。

「なんだこれは…?」

 夕方ではないときにこんな空を目にするとは。不思議に思った少年はその色の原因を突き止めようと,上着を羽織って階段を駆け降り,玄関から外に出た。ドアを開けると,生暖かい風にのって血生臭い臭いが鼻をついた。

「やはり,ただごとじゃない」

 少年は外に出ていいのか迷った末に,なにか身を守れるものを持っていくことを決めた。普段通りの家,自分の部屋の入り口に置いてあった鎌を持ち,携帯用ナイフを腰に忍ばせた。これでなにかあっても死にはしないだろう。ヒヤヒヤしながらドアから外の様子を覗くと,こっちを睨んで黄色く光る目があちらこちらに見えた。化け物かもしれない,いや,これは化け物なのだ。


 戻って寝よう,と思った瞬間,彼の目が自分に向かってなにかを振りかざす生命体を捉えると,少年は反射的にナイフを取り出していた。生命体をギリギリで回避し,すれ違い際にそれで斬った。刃は生命体の中枢器官らしきところに刺さったようで,玄関が生命体のどす黒い血で染まった。

 すると,またもや別の生命体が襲いかかってきた。もう嫌だ。少年は泣きそうになったが,生命体の移動ルートに平行になるようにナイフをかざし,近くに来るのを待ってそれを突き出した。重みのありそうな生命体がこちらに倒れかかってきたが間一髪で避けた。

 しかし,それで終わりではなかった。今度は二体でやってきたのだ。これは流石に手に負えない。とにかくダメージを減らそうと一体に攻撃対象を限定した。

先ほどのように生命体の腹を斬ろうとした。だが,小ぶりなナイフで斬るにはあまりに丈夫すぎる肌は,全力を片手に集中して斬りかかった少年をはね飛ばした。

「くそ,強い…」

 もう一体の生命体が少年に襲いかかった。もう無理だと思った瞬間に,一匹の犬が目の前に飛び出した。

「グリーンなのか…?」

 犬は問いには答えずに少年を襲いくる敵から庇った。

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