第42話 二度目の里帰り その1 芹沢美佳

 その場に崩れ落ちそうになった母親の体を支え、父親を呼んでみるも反応が無く、とりあえずセリカやもう二人に家にあがってもらうよう言った時だった。


 その背後に、鬼、というか般若?のようなすごい表情でこちらを睨んでる顔見知りの誰かを見つけてしまった。


「み、美佳みか?」

「春樹。この人達、誰なの?」


 うん。俺に、後ろ暗いところは、たぶん、無い。

 なのに何故か脂汗というか冷や汗というか、変な汗が全身からぶわっと湧いて出てきて止まらない感じになったけど、この芹沢美佳は、単なる近所の同級生の女子。

 幼なじみというほど古い知り合いではなく、彼女の両親が、彼女の中学進学のタイミングで転勤で越してきて以来、ほんと時折、登下校の行き帰りのタイミングが合えば一緒するくらいの間柄だった。

 美佳は、確か、吹奏楽部だったかな。熱心な部活で美佳もまじめに参加してたから、その登下校を一緒したのも、そんな頻繁には無かった。一ヶ月に一度か二度あるかくらい?

 別にデートに誘った誘われたとかも無かったし、微妙に単なるクラスメイト以上な存在として、今年も同じクラスになるとちょっとうれしいかな?とか思えてた存在だった。一応だけど、義理チョコはバレンタインにもらえてはいたし。


 俺のただならぬ様子に気付いたセリカが、そっと俺の腕に寄り添って尋ねてきた。

「ハルキ。この人は、ええと、お知り合い、よね?」

「うん、まあ、ね」


 イムジェイラは無遠慮にじろじろと美佳を見つめて、暴言を放った。

「ふむ、ハルキ殿の、現地妻か?」

「つ、つまっ!?」


 美佳が、ぼっと顔を赤くして両手と顔をぶんぶんと振り回していたが、オウレアは余裕の表情で、さすがハルキ様という感じで俺を見つめてきたりした。いや、違うから。そんな尊敬いらないからね?


 まだ俺は母親を抱えたままだったし、みんな玄関ですし詰め状態だったし、大きなため息を一つついてから、提案した。


「とりあえずみんな上がって。説明はかなり面倒になるんで、なるべく一回で済ませたいから」


☆★☆

(芹沢美佳視点)


 同級生はドラゴンでした。

 うん。自分でも言ってて意味がわからない。


 中学進学時に併せて引っ越して、近所で同級生になった気になる男の子が、春樹だった。とりたててかっこいいというほどでもあまり無いし、特別に運動や勉強が得意とか、女の子の間で噂になるとかも無い、普通の、ただ一緒にいると何となく安心できるというか、くつろげるというか、無理しないで済むような、そんな何気ない、でもちょっと気になる誰かだった。


 私にとっては。

 春樹にとって自分がどうなのかは、わからない。バレンタインも義理チョコって形で渡しちゃったし、義理クッキーを返されて、春休みの間も互いにどこかへ出かけようとか誘う事もなく(誘われたら断らなかった自信はあったけど、誘うのもちょっと腰が引けてた。断られたらどうしようって)、でも来年も同じクラスになれたらいいなって思いながら、春休みの最終日に、ふらっと偶然を装って、春樹の家に行ってみる事にした。


 そこで、信じられないものを見た。

 薄銀色の髪の毛の女性、それも高校生以上?モデルのような細身で目鼻立ちもとても繊細で、そんなきれいな人がうれしそうに春樹の隣に立ってて、それだけで胸が破裂しそうなくらいに苦しくなったのに、そんな二人の後ろには、やっぱり見た事の無い女の人がもう二人立っていた。

 片方は日本だとパンクロッカーとかでもないとあり得ないくらいの真紅の髪。ところどころに黒のメッシュが入ってて、背丈は160センチの春樹と比べても頭半分は高い180センチくらいはありそうで、体つきはスポーツ選手っていうか格闘技の選手?て感じにたくましくて顔つきも精悍て言葉じゃ到底足りなかったけど、研ぎ澄まされた美しさみたいなのもあって、春樹を見つめる眼差しは優しくて、どこかしら緊張した面持ちをしていた。

 もう一人は、それこそ日本の一般中学生とは絶対に縁が無さそうな、どこかの海外王室のお姫様が来日しましたってニュース画像の中でしか見ないような誰か。最近、そんなニュースを見た覚えはなかったけど、そんな人が春樹の後ろに立って、やっぱりどきどきしてるような表情を浮かべてるのが不安だった。豪奢な金髪の巻き毛に、ちょっと垂れ目な青い瞳。プロポーションは完璧としか言いようが無くて、私は自分の胸元と思わず見比べてしまった。


 とにかく、そんな顔見知りの筈の同級生が何故かあり得ないような女の人達を連れて家に入っていくのを、私は、放置できる筈も無かった。

 明日からの学校生活がどうなるのか、あの女の人達も転入してくるのか、春樹とどんな関係なのか、知らずに過ごせる筈も無かった。


 玄関の先、家の中で、春樹とその連れ合いの女性達を見た春樹のお母さんは気を失っていた。うん。唐突に息子さんがこんな人達を連れて帰ってきたら、私が母親でも絶対に混乱する。


 でも、そこにあの寄り添っていた人が春樹に声を親しげにかけようとしているのを見て、私も思わず動いていた。

 春樹が声をかけてきた。

「み、美佳?」

「春樹。この人達、誰なの?」

 魂からの問いかけだった。


 薄い銀髪の人が春樹に問いかけた。

 春樹の腕にそっと手を触れながら。許せない。


「ハルキ。この人は、ええと、お知り合い、よね?」

「うん、まあ、ね」


 私の眼差しを受けた春樹は、だらだらと変な汗をかいていた。

 赤髪の女の人が私をじろじろと見て、爆弾発言をした。

「ふむ、ハルキ殿の、現地妻か?」

「つ、つまっ!?」


 ぼふん、という感じで、感情が爆発した?

 妻?しかも、現地妻って、何?


 おばさんを抱えたままだった春樹は、困ったような表情を浮かべ、玄関にいたみんなを見渡して、大きなため息を一つついてから、言った。


「とりあえずみんな上がって。説明はかなり面倒になるんで、なるべく一回で済ませたいから」


 それからおばさんを寝室に寝かしてきたらしい春樹はリビングに戻ってくると、長いソファに座り、その隣にはセリカと呼びかけられた銀髪の女性が座り、逆側には金髪の女性が上品に腰掛け、赤髪の女性は春樹の後ろから抱きつくようにその首に腕を回した。


 私はこめかみの血管がひくひく動くのを感じながら、改めて、尋ねた。


「説明、して」


 春樹はびくっと震えて怯えたけど、逆に三人の女性からは睨まれて、こちらがびびりそうになった。けど、ここは引けない!

 春樹は、私と彼女達の間で散る視線の火花に火傷したように頭を抱えてからじっと自問するようにしばらく黙り込んだ後、言った。


「さっき父さんに連絡して、あと30分くらいで帰るって言われたから、説明は、それからでいいか?」

「ダメ。今、すぐ」


 春樹をまっすぐ睨みつけると、またしばらく黙り込んだ後、周囲の女性達とぼそぼそと何かを小声で相談し、わざとらしい咳払いをしてから、尋ねてきた。


「美佳。お前、絶対に、秘密を守れるか?」

「守れるよ。守る」

「警察とか先生とかお役人とか、家族とか親友とか先輩とか、誰に聞かれてもだぞ?もちろん、ネットで匿名の質問を書き込むとかもダメだ」

「春樹が守ってくれっていうなら、守る。だから、話して」


 春樹は、私を真剣な眼差しで見つめてきて、問いかけた。


「聞いて、後悔しないって誓えるか?他の誰のせいにもしないって」

「話って、どんな話なのよ?」

「お前が聞きたいだろう、でも、どうしても信じられないような話だ」

「春樹がどんな状況になってて、どうしたらそんな女の人達と一緒にいるようになったのか、教えてくれるのなら、誓う。聞かない方がずっと、後悔するもの」


 今では、三人の女の人達は、私を睨んではいなかった。それぞれに優しげだったり、同情するような、値踏みしてるような、違った眼差しだったけれど、敵を見るような眼差しでは無くなっていた。


 春樹は、ソファの前のローテーブルに一本の大きな大根を取り出した。


「て、どっから出てきたのその大根?」

「ま、見ておけ。後でまた両親に実演しないといけないからな」


 春樹の右手の下に青く縁取られた円が、左手の上に赤く縁取られた円が、どこからともなく現れた。


「これが、ポータルだ」


 春樹が大根を赤いポータルに差し込んでいくと、青いポータルの先から、差し込まれた大根の先が現れていき、やがて全体が現れた。

 春樹はそのポータルという何かをいくつも現したり、ジュース缶とか他にもいろんな物を出したり入れたりしながら、説明してくれた。

 どうしてだか、いきなり別の世界にたたき込まれて、そんなスキルだかを与えられて、ミッションというものをクリアするよう強要される状況に陥った事を。

 いくつものミッションをこなす内に、スキルを育て、セリカさんと出会い、関係を深めながらさらにいくつものミッションをこなし、直近のミッションでこの二人の女性とも、そういう関係になったのだと。


 信じられなくて呆然としている内に、おじさんも帰ってきたので、春樹はおばさんも起こして、びっくりしたままの二人をさらにあの手品みたいのでびっくりさせた後、紫色に縁取られたポータルを出して、ゼオルゲルって竜がいたという火山島のある世界に連れて行かれて、うん、私は竜になった春樹を見たし、その背におじさんおばさん達と乗せられてその星を一周もしたし、その火山島というのが宇宙帝国の工作部隊とやらに突貫工事されて観光島のように改造されてるのも見たし、そこからオウレアさんの故郷という都市惑星にも、イムジェイラさんという竜人の本当の姿もその母星にも、彼女達が再建したという宇宙戦艦にも訪れたりしてから、セリカさんの故郷にも訪れたし、また火山島に戻ってゼオルゲルって炎竜の死骸にもご対面させられた。

 おばさんも卒倒し過ぎて最後には目を開けたまま気絶したりもしていたけど、何とか、最後には、状況を受け入れたようだった・・・。


 私?

 あはははは・・・。何でもない、普通の男子を気になってただけなんだけど、どうしよう?

 セリカさんはすでに春樹と結婚(!)して、子供まで身ごもってて(!!!)、それだけでも絶句ものなのに、オウレアさんやイムジェイラさんとも婚姻したとか、あの、春樹君?日本では重婚は犯罪なんですけど?とか一応の嫌みを言ったら、

「日本では重婚しないからセーフ」

 とか言いやがったよこいつ!


 あり得ない。ほんと、あり得ない。

 こんな奴なのに、二股どころか三股かけてる浮気野郎なのに、どうして、どうして・・・・・。

 涙が止まらないの。

 泣き止もうとしても、ダメなの。

 胸が締め付けられるのも、苦しいのも、止まらないの。

 セリカさん達が気を使ってくれて、春樹が側にいてくれるのはうれしいんだけど、でも、どうして、春樹は・・・。

 ううん、私が最初にチャンスはもらっていたの、わかっている。

 バレンタインの時、怯えないで、本命のチョコだって渡してたら、もしかして。付き合ってってちゃんとお願いしてたら、春樹も応えてくれたかも知れない。

 春休みになってミッションとかってのに放り込まれるようになっても、セリカさんとかとそういう関係にはならなかったかも知れない。

 かも知れない。かも知れ、ない。かも、かも、かもかもかもかも・・・・。


 私は泣きじゃくりながら、春樹にとりすがって、お願いした。お願いというよりは、クレームだ。クレーマーに私はなっていた。


「嫌だ。春樹が、他の誰かのそういう人になるなんて、ずるいよ!私が、私がそうなる筈だったのに、ずるい!」

「そう言われてもなぁ・・・」


 春樹が困っていた。私が困らせていた。

 私が無茶な事を言ってる自覚はあった。あったけど、止まれなかった。


「春樹。セリカさん達と別れて」

「無理。それは出来ない」

「セリカさん達と別れてくれたら、私と」

「だからそれは無理だって」


「じゃあどうしたら、春樹は私だけの春樹になってくれるの?」

「どうしようも、無いよ」

「そんなの、ずるいよ。うぅぅ・・・」


 ずるいのは、私だ。春樹の彼女でも何でもないのに、好きな誰かを困らせている。

 ふられたのもわかってはいる。

 わかってはいるのに、どうしても、オウレアさんやイムジェイラさんは良くて私はダメなのか、それが、受け入れられなかった。認めたくなかった。


 だから、ただ春樹を困らせたくて、私の側から離れさせたくなくて、悔し紛れに言った。


「じゃあ、私もセリカさん達と同じ様にしてよ」と。

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