第39話 90日で終わらせる対宇宙帝国反乱戦 その2

(竜人族、イムジェリア姫視点)


 このアムネステリア銀河における長き覇権争いの中で、かつては対人類陣営の主導者であった竜人族のガムヌル竜王国が決戦で敗退を重ね、その版図を縮小させるごとに人類陣営に屈する種族や星系が増えていった。


 そして竜人族母星ラムネルを陥落させられたのがおよそ百年前。そこからはまともな合戦にもちこめる事すら希となり、散発的なゲリラ戦で抵抗の火種を絶やさない事が主眼となる屈辱的な日々が続いた。


 人類―人間族主導の圧政に虐げられた種族達は時を追うごとに増え、成人した私を旗頭に十年の時を準備に費やし、ようやくまとまった勢力として本格的な反抗の狼煙を辺境宙域で上げた、筈の戦いは、相手に誘導されたものだった。


 本来の守備兵力の数倍の戦力が続々と周辺星系から駆けつけてきて、数十年の時をかけて再建した竜人族旗艦ガルムネイアも大破炎上。私も捕らわれ、帝国首都にて公開処刑の為に連行すると宣告された。


 帝国の強襲突撃艇に拉致され、もはやこれまでかとあきらめそうになった時だった。艦体が急激に揺さぶられたかと思ったら、自分を連行していた帝国兵達が次々に窓の外へと放り出され、そこには、そこには―――

 竜人族が長らく諦めていた、竜神様の御姿があった。伝説に謳われる赤と黒の姿ではなかったが、全身を紅の鱗で覆った竜神様は、全身を結界で覆うと、口の先に赤く縁取られた円にその吐息を吹き込み、結界の外に展開した青く縁取られた円からその吐息を吹き出させて、その青い円を巡らせる事でガルムネイアを包囲していた敵艦を撃破。


 そこで敵全体の標的となった竜神様は圧巻だった。自由に変形拡大縮小する複数の赤く縁取られた何かで敵のあらゆる攻撃を吸い込み、神出鬼没な青く縁取られた何かから吐き出す事で敵艦艇を次々と撃沈。焦った敵の飽和攻撃には、敵大型艦の船体に突貫する事で攻撃そのものと敵機などをまとめて処理。

 さらに敵の数を削り続け、敵本隊旗艦からの味方を巻き添えにする事をためらっていなかったであろう砲撃をも、転移とあの赤い何かで吸い込んで無効化。詳しく何をしているのかわからなかったけれど、敵船体からあらゆる光や動きが奪われたと思ったら近くに敵司令官が飛ばされてきて私と同じような結界に包まれたのに続けて、艦内にいたのであろう他の乗組員やアンドロイドやロボットなども艦外に排出されて、その直後には巨大な旗艦そのものが姿を消してしまった。


 あらゆる出来事が非現実的過ぎて、一応の顔見知りでもある敵司令官ガイアスも呆然としていた。本隊の残存艦も、戻ってきた敵艦もやっぱり竜神様に無力化されていって、ガイアスは尋ねてきた。


「あれは、お前等の神、なのか?」

「さあ。私は、そう願いますが」


 戦いは終結した。ほとんど、竜神様お一人で勝ち取られた勝利だった。生き残った味方艦のうちで一番大きくて状態がまともだった竜人族の重巡洋艦ガナベルに竜神様は着艦。

 しかし驚くべき事に、竜神様は、彼は、人間に・・・、変化した。そこでやはり人類型に見える誰かと言葉を交わした。


 私は困惑した。ガイアスも混乱しているようだった。だが、私たちを取り囲んでいた襲撃艇が消え去ると同時に、ガイアスは動いていた。

 彼ら人間族の限られた戦士が使う光剣と不可思議な力を元に結界を切り裂き、目にも留まらぬ速さで人へと変化した竜神様へ切りかかっていた。

 その首が切り飛ばされる!竜人族の悲劇がまた繰り返されるのか!?と気が遠くなりかけたけれども、次の瞬間には、光剣は消え失せ、意志の光を目に宿していないガイアスは再び結界に包まれ、竜神様はガイアスへの興味を無くしたように私に話しかけてきた。


 なぜか私の名前を知っていたが、それは驚くべき事では無いだろう。

 歴史を変えるだろう勝利に浮かれる事なく、これから帝国の前線基地を潰して回るからついてこいという。同行する人物を選び、船を用意しろと命じられた。随伴する戦力は不要だと断られた。


 あれは我らの神なのかどうかと、反乱軍陣営から詰め寄られたが、

「我らの神ではないが、竜神であることは否定されなかった。これから帝国の前線基地を潰されるそうで、私と、他に十名ほど同行する者を選べと仰られた。あと30分以内にだ。急げ!」


 先ほど消失した筈の帝国旗艦をぽんと放り出されて、それを使い物にしろと命じられたのも驚天動地な出来事だったが、何とか、反乱軍で主立った者達から同行者を選び、星系高速連絡船に乗り込むと、ハルキと名乗られた竜神様は、最寄りの小惑星帯に案内しろと仰せになったので、光速ドライブで移動。

 そこでまた外に出た彼が竜と化してしばらくすると、近辺にあった小惑星が次々と姿を消していった。数百どころか、数千といった単位だろうか。

 彼は竜の姿のまま、連絡船を足で掴み、自分と船とを結界で覆うと、虚空に大きな緑色の円を展開。その先の宙空へと進むと、先ほどの戦場から一番近いといっても数星系―数百光年単位は先にある、帝国艦隊ドメラルガ宇宙基地の目と鼻の先の宙域に出現していた。


「ばかな!純然たる、即時の転移だと?」

「正に、神の所行じゃ!」

 私を含めた同行者達が崇めるような視線で見守る中、竜神様はそのたくましい顎を開き竜の吐息を吐き出し、前線基地を覆うシールドに大穴を開けてそこに飛び込むと、宇宙ステーションの隔壁に着地。

 その直後、宇宙基地のあちこちから小惑星が突き出して、続けて爆発が連鎖。基地としての機能を瞬く間に奪ってしまった。

 彼はまた船まで戻ってくると、味方にここを急襲して奪えるだけの装備などを奪うように伝えてきて、それはすぐに先ほどの戦いを生き延びた残存艦隊に伝えられた。


 そこからも竜神様の快進撃、というか、神ならぬ身ではあり得ない移動と破壊と制圧は続いた。惑星軌道上に厳重な防御機構と惑星表面と地下に施設を持つラグドラル惑星基地も、防御機構から無力化された後に、軌道上から数百の小惑星の雨を降らされて圧殺された。

 以降も、宇宙基地と惑星基地の違いに関わらず、どれだけ厚いシールドや装甲に覆われていようが、竜神様はその全てを圧倒。圧殺。

 最後に訪れたのは、帝国首都星系ワンピュレル。帝国宇宙軍の最大の集結基地。惑星規模の宇宙要塞に5万隻を越える艦隊が常駐している。今の反乱軍の規模では何をどう逆立ちしても抜ける筈の無い障害。

 竜神様と我々がこの宙域に出現した時には、偶然かどうかはわからないが、要塞周辺には一万を越える艦隊がすでに展開していた。


「さすがに、あれは無理だ」

「あの宇宙要塞の主砲は、数千隻の艦隊を一撃で葬り、最大出力なら惑星そのものも破壊すると言われている」

「いくら竜神様でも・・・」

「お止めした方がよろしいのでは?すでに十分な大損害は与えたでしょう?」


 しかし、彼は我々を要塞主砲射程範囲外の遠距離に置いて正面から堂々と接近し続け、続々と展開し続ける駐留艦隊と対峙した。


「なぜ、どちらも動かないのだ?」

「竜神様の不思議なお力がすでに伝わっているのでは?」

「攻撃が逆に利用されるのなら、要塞主砲は迂闊に打てまい。数万の艦艇からの集中攻撃も然り」

「しかし、どんな高速通信手段を用いても、先ほどまでの戦闘で起きた出来事をこんな遠方までこの短時間で伝える術は無かろう?」

「いや、帝国皇帝守護騎士達の秘伝の術には、距離を無視する心話があるとも聞く。もしやそれならば」

「竜神様は、だから急がれていたのかも知れん。しかし、この状況、どうされるおつもりなのか」


 私にもわからなかった。

 竜神様も、大きさから言えば、軽巡洋艦のサイズも無い。いくらお強いと言っても・・・。

 そんな不安に駆られる内にも、おそらく全ての駐留艦隊が要塞外へと出撃を終え、半球形に包囲するように展開してきた。


「撮影してる?」

 なぜか、竜神様の声が船内に響いた。

「は、はい。撮影しております」

「すぐにこの映像を流せるよう準備しておいて」


 ちかっ、と要塞内部から光が瞬いた。

 主砲か?とも思えたけど、違った。いくつもの閃光が連なって、巨大な光となり、我々の目に焼き付いた。

 要塞が爆裂していた。その爆発と破片とは周辺に展開していた艦隊を巻き込み、そちらでも爆発光が連鎖した。超々望遠レンズで撮影していた我々の船にまで衝撃波が伝わってきて、若干映像がぶれたくらいだけれど、船体は竜神様の結界に覆われていたお陰か、無事だった。


 竜神様はぼろぼろになった艦隊の方へと向かうと、あの旗艦になさったように乗組員などを外へと放り出しながらどこかへとその船を消し去っていき、数千ほどの艦影が無くなった頃に戻られてきて、再びこの船体を掴むとまた緑色の円を出してそこに入られ、出た先は、今日の最初の戦場だった。


「はは、数千、いや数万光年以上を、あしかけ数時間で。いや移動そのものは一瞬で終えられていたか」

「このオストルテ星系から、帝国首都星があるワンピュレル星系までは、直線で結んだとしても十万光年は離れていた筈だ」

「ここから首都星系まで続く前線基地をこの数時間で、あの宇宙要塞まで崩壊させたなど、この目で見ていなければ信じられなかっただろう」

「だからこそ、竜神様は我々を同行させ、撮影させたのだ」

「ああ、ほら、あれもまた撮影しないといけないな」


 まだほとんど手つかずのままだった帝国の巨大戦艦の周囲に、ついさっきまで首都星系で展開していた艦艇が次々と出現して、すわ敵の大艦隊が出現してきたかとパニックが広がりかけていた。


 だが、その中心には竜神様の姿があり、艦隊に動く様子も動力反応も無いことから、パニックの波は収まり、私は広域通信で呼びかけた。


「信じられないだろうが、信じて欲しい。これから流す映像は全て真実である。この映像を受信した者はあらゆる通信チャンネルと手段で情報を可能な限り拡散してほしい」


 その一時間後までに、通信兵により映像はダイジェスト的にまとめられ、各地に反乱を呼びかける檄文ともいうべき内容になったのだが、竜神様から一つの注文がついた。


「三ヶ月以内に反乱を成功させるように」と。


 もちろん、これまでの足かけ百年の苦難の末に得た今日の反転攻勢も竜神様が現れなければ跡形もなく潰されていた歴史を鑑みれば、現実的なプランとは言えなかった。星系間航路を全く障害無く使えたとしても、各地から理想的な規模の反乱勢力が首都星系に集結できたとしても、三ヶ月は移動だけでほぼぎりぎりな期間だった。


「移動に関しては手伝えるから心配しなくていい」

 とは竜神様のお言葉で、逆らえる者はいなかった。今日一日で、いや半日もかからず数々の有力基地や要塞などを潰して回ったのだから。

 装備としても、これまでとは比べものにならないほど充実が望めた。だが、今日の戦いで受けた損害を修理し、拿捕された艦艇を使い物にし訓練を積むまで、どれだけ短くとも一ヶ月はかかるだろう。


 だけど、

「移動だけじゃなく、通信も、輸送も、ほぼ即時になる」

 という竜神、ハルキ様のお言葉の意味は、これから実感されていくのだった。


 我ら竜人族の遠祖とされる竜神バルバネル様。その末祖ガルムネイア様。そこから数千年の間、竜神様は顕れて下さらなかった。

 いつか、絶対に戻ってきて下さる。そう信じて我々竜人族は生きながらえ、希望をつないできた。


 だから、重巡洋艦ガナベルの内部に案内される時、そのお姿が竜人ではなく人間のものでも、竜人達は自らを制御できた。帝国の数々の主要基地を半日もかからず潰してきたという実績は、少なくともこの星域には完全に広まり共有されていた。

 だが、だが、だからこそ・・・。

 その連れ合いだろう女性が宇宙服のヘルメットを外し、その特徴的な長い耳が露わになった時、我々は激昂した。


「ハルキ様。そのエルフから離れて下さい。この場で斬り殺します」


 ハルキ様は驚いて、すぐにそのエルフの女性を結界で覆い直した。ハルキ様の連れ合いでさえ無ければ、結界に覆われてさえいなければ、竜人族によって彼女は蜂の巣にされ八つ裂き以上のばらばらな肉片にされていた。


「言っておくけど、彼女、セリカは、俺の妻だ。セリカに危害を加えようとする奴らは、俺が皆殺しにするから。容赦はしないから。反乱軍だろうが帝国軍だろうが関係無い。俺は、お前等竜人族に悪感情も好感情も無かった。だけど、今は、悪感情が湧いてきてる。お前等は、俺を敵に回したいのか?もしそうなら滅べ。この場で」


 すさまじい威圧が放たれて、その場にいた数百人の竜人族もそれ以外の種族も、誰一人、立っているどころか面をハルキ様に向けることも出来ず、半数以上は気絶していた。


 だが、私は、竜人族の長として、かつて遠祖バルバネル様の時代に生み出され、末祖ガルムネイア様を人間族の英雄ルルキア達に討ち取られた竜人族として、ルルキアにガルムネイア様を討ち取るよう甘言を囁いたというエルフの妻という存在だけは、看過できなかった。


「何卒、お聞き届け下さいませ!エルフは、エルフの妻という存在だけは!」


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