第35話 勇者とその王国の討滅戦 その9 最後の後始末(下)

「では、我だな。お主に恨みは無いが、我の申し出を断ったのが運の尽きだったな」

「運が尽きたのは、お前の方だ!」

 人間の男は自分の周囲に展開していた結界を、魔族の周囲に展開。したのだが、首筋に赤細い線が走ったのを見た俺は即座に近くに待機させていたポータルを操作して、何が起こったのか理解してないだろう男の頭に指先を触れて結界術なるスキルを入手した。

 人間の男が死んだ事で、自分を囲んでいた結界が消えた魔族は宣言した。


「百数える間、待ってやる。だが、その後は知らんぞ?勇者の故郷の町だけで、済むと思うな?」


 何がやばいって、次元斬を無効化した手段も、ドラゴン・ブレスをどう防いだのかも、結界に閉じこめられて手出し出来なかった筈の相手をどう倒したのかも、全て判明していない事実だった。


 確率操作、時間操作、存在操作くらいがぱっと思いつく範囲内だったけど、100秒だと時間が足りなさそうだった。

 だから、ヒデ兄人形に、急遽リリーフを依頼し、出来るだけ時間を稼ぐようお願いした。


「時間を稼げってどうやって?」

「話し相手になって、間を一秒でも長く保たせてくれ」

「わかった。やってみる」


 人形として、ヒデ兄として、折衷したような話し方になってた写し身人形を、魔族の前にぽいっと放り出すように出現させた。


「む、なんじゃお前は?」

「俺は、勇者ヒデキだ!」

「むむ?話に聞いていたよりはだいぶ小さくて、弱そうだの」

「気のせいだ!」

 魔族は、写し身人形の背丈の視線の高さに合わせるようにしゃがみこみ、じっと見つめて、

「良く出来ておるが、絡繰り人形の類じゃの。お前の主はどこじゃ?」

 と看破しやがった。

 放り出してから30秒も保たなかった。


 だけど、100秒にさらに30秒以上稼いでくれたのは無意味じゃなかった。


 一番単純なのは、あいつが実体の無い幻で本体は別のどこかに隠れてる可能性。それならどんな攻撃も無意味なのも頷ける。ただしその足下を見れば地面や葉っぱには踏まれている痕跡が残っていた。(足下に赤ポータル出して足首狩れたとしても、その程度で終わりそうな相手じゃなかったから止めておいた)


 次に、非実体化とかで攻撃をかわした可能性。これも次元斬とかをかわした手段としてはありえそうだった。もしそうなら、相手が実体化して攻撃してきたタイミングに攻撃するしかないといけないけど、結界に阻まれた状態でどうやってあの男を倒したのかがわからない。俺みたく攻撃を飛ばせる手段を持っているのかね。


 俺はさらに時間を稼ぐ為に、ヒデ兄人形の頭に貼り付けた極小のポータルから話しかけてみた。


「もう勇者ヒデキはいない。お前くらい強ければ箔なんて要らないだろ。違うか?」

「む、お主が勇者ヒデキとその国を滅ぼした奴じゃな?」

「否定はしない」

「良い良い。それで、箔か。確かに不要と言えば不要だが、魔族としてのけじめというか示しというか、そんな類の何かじゃな」

「だいたい、お前、前の魔王より強かったんじゃないのか?」

「弱かったかと言うと、弱くは無いが強くも無かったな。我では不死を持つあやつを倒せなかったが故にな」


 お、これはラッキーな情報!と内心小躍りしながら、会話を続けてさらなる情報入手を目指した。もちろんゴールは、戦わずにこいつを退ける事だ。


「じゃあ、俺も不死だから、お前と戦う理由は無いな」

「むぅ、それが真ならの。しかしわざわざここまで出向いて、手ぶらで帰る訳にもいかん」

「勇者はすでに倒されていなくなっていたとでも言えばいいだろ」

「口先だけで魔王を騙るわけにもいかん」

「お前なら、力ずくでも魔族を従えられるんじゃないのか?」

「やればできるだろうの。ちと面倒だが」


 話している間に、一つの可能性が思い浮かんだ。

 だけど、検証がむずかしい。もし時を止められたり、想像した通りの能力を持っていた場合、こちらが一方的に不利になる可能性が高い。傷を負うくらいならまだしも、倒せなくなる可能性が生じるのは避けたかった。


「お前が外聞を気にするのはわかった。なら、お前も故郷と同胞を全て消滅させられたくはないだろう?」

「我を脅すのか?」

「脅してきたのはそちらだろう?」

「我を騙して攻撃してきたのはそちらが先だが?」


 正論だったが、ここで怯むわけにもいかなかった。


「お前の目の前にいるのは、当人じゃなくても、紛れもなく、勇者ヒデキの名を継いだ誰かだよ」


 嘘じゃない。真実だ。

 その言葉を聞かされた魔族は非常に微妙な面もちになった。


「こんな人形をどうにかしても、我に何の益も無いからのう」

 ため息をつきながら、指先でヒデ兄人形の額を突ついた。

 千載一遇の好機だった。

 俺は迷わずヒデ兄人形に貼り付けていたポータルを魔族の指先との接点に移動し、その爪先の先端と自分の爪先とを触れ合わせて、早口でつぶやいた。


「時間渡航能力をポータル飛ばす


 時間を操作できる有力な魔族がいたら、前の魔王の時代にもそれなりに知られてないとおかしかったけど、ニャロスの話や勇者の記憶の中にそういった存在は出てこなかった。

 かつ、ずっと時間を止めて一方的に好き放題出来るのなら、勇者とその仲間達や国だってとっくの昔に滅ぼせてないとおかしかった。それが起こってないという事は、少なくとも不死を得る前の勇者には適わないくらいの何らかのスキル持ちと考えられた。


 俺の攻撃の時も、攻撃をさけられた様な様子は無かった。結界に閉じこめられた時も、結界そのものを自力で解除したような様子は無かった。

 結果そのものをねじ曲げる方法としては、一つのメジャーなものが時間渡航能力。初見殺しな相手の手の内を剥いてから反撃可能なスキル。他にも複数手の内を持っているかも知れなくても、自分が最初に封じないといけないのはこれだと思えた。


 外したとしても、それで一つの可能性を潰せるのなら割に合うと割り切った。


 爪先を合わせられ、その感触に驚いた一瞬で何かを奪われた事に気付き、その能力を発動しようとして、出来なかった事で、そいつは表情を歪めた。


「・・・してやられたというわけか?」

「そうみたいだな」

「返してくれと頼んでも?」

「返したら仕返しされるだろ?これで引き下がるのなら、とりあえず見逃してやるよ」

「くくっ、これで引き下がるようなら魔族として立つ瀬が無くなるからの!」


 立つ瀬が、くらいで俺はこの魔族の前後左右上下の六面を覆うように赤ポータルを展開。無くなるからの!という台詞とともに、魔族は下のポータルに落ちていった。

 その赤ポータルの対の青ポータルは、この星の地面の一万メートルは下。マントルが対流してるとこに吐き出され、何かわめいてたぽいけど、たぶん焼き溶かされて消えていった。


 何か言おうとしたセリカの口を手で塞ぐ。何のフラグも立てたくないので、もがもがいってるセリカの前で首を左右に振り、待つ事数分。

 予想通り、六面を赤ポータルに覆われた空間に、魔族は復活してきた。無傷で。

 おそらくだけど、時間渡航能力と、この復帰能力の合わせ技が、次元斬とか竜の吐息を無効化していたのだと思う。

 時間渡航能力だけなら、結界の内側に戻っている筈が無かった。例えば結界に閉じこめられる直前まで戻って、人間の男を倒せばいいだけ。わざわざ結界の内側に逆戻りしなければならない理由は無い。


 なのに戻らなければならかったのは何故か?それはたぶん、当人の意志に依らない、制約だからじゃないかと推測した。


 何度も魔族をループさせながら、新しくせしめた能力についてヘルプ機能さんと対話する。


――片方が時間遡航。レベル1だと1秒って短いけど、仮にレベル10で10秒だとしてもかなり強いよね?


<戦闘に関しては、非常に有用でしょうね>


――首落とされたり致命傷負わされても無かった事に出来て、しかも相手の手の内暴けるんだからね。んでも、これだけだと、あの時結界の内側に戻っていた理由にならない。


<もう片方の推測もついているのでしょう?>


――ゲーム的用語で言うなら、セーブポイントじゃないかな。完全に任意なタイミングには設定できないみたいだけど。


<本来は、二つで一つの機能スキルだったのでしょうね。時間遡航の起点を設定し、遡航した後に、元に戻る。元に戻る機能だけで言えば、疑似的な不死としても使える。あなたが時間遡航能力を奪った事で、今はまっているような状況から脱する事は出来なくなっているようですが>


――そんで、この復活機能。回数制限あると思う?


<神でも無ければ無限の復活回数など無さそうですが、あなたならそこまで待つ必要も皆無でしょうに>


――まあそうなんだけど、ほら、石橋は叩いて渡れとか言うじゃん?


<あなたはどちらかと言えば、頑丈な石橋でも叩き壊して鋼鉄製の橋を架けてから渡るタイプでしょうけど>


――それが出来る時なら、いつだってそうするよ。


 俺はヘルプ機能さんと心内で無駄口を叩きながら、魔族が溶岩に溶かされてる間に一面ずつポータルの張り直しつつ、好機を待った。


 すでに団体さんの大半を消し飛ばした時に、ミッションの残りも達成していたので、このループを続けたまま次のミッションに転移させられても何の不都合も無かった。俺にとっては。


 一回につき2、3分。たぶん溶岩の中で何か足掻いて若干の差が出てるけど、我慢比べは、たぶん百回未満で決着が着いた。


「参った!降参する!もう勘弁してくれ!」


 降参すると言われて、はいそうですかと囲いを解くほど愚かではない。

 後頭部の位置に出しておいた小さな青ポータルから指先を・・・


「そこじゃ!」


 うん、狙ってくるよね。

 狙わせたのは、ヒデ兄人形の指先を出させたフェイクフェイント

 本命は、その反対側から出した青ポータル。

 指先で触れて、唱えた。


「俺にとって有用な何かを全てポータル飛ばせ


 ぎりぎりで引っ込めて閉じたけど、ヒデ兄人形の指先には何かしら良からぬものが刻みつけられていたので、その背中に触れながら、ポータルに落ち込みつつある魔族の頭に指先を触れてお返ししておいた。


 念のため、数時間は六面のポータルをそのままにしておいたけど、有用な何かを全て奪った後は二度と復活してこなかった。


「終わったの?」

「たぶんね。もし復活してきても、反撃の手段はたぶん無い筈だし」


 奪った知識によると、あの魔族の名はアミュラガンナ。自称、魔神の一人らしい。魔神て、魔王より上か下かって、微妙だったりするんだよね。物語によっては。

 奪った能力は分割されたまま残ったので、時間遡航と原点回帰の二つ。原点回帰の方のセーブポイント機能は、本来ならランダムなのだけど、能力を外す事無効化が出来る俺の場合、最初に付けた時は必ずその時点になる事が分かったので、ミッション中とかで無い場合は外しておく事にした。

 いやまぁ神様とか相手なら、気付かないうちにやられてしまう可能性はあるけど、どちらかと言えば不死ループにはめられてそのまま永遠に閉じこめられる方が怖かったから。


 ミッションの残り一日は、新しく得たスキルの練習とセリカとの時間に費やした。


 ポータルの方は、レベル99にまで上がっていたのが、なかなか100に上がらなかったものの、アミュラガンナを倒した事でか、ミッションを完全達成したボーナスでか、大台に上がっていた。


 100の大台に乗って得たボーナスについては、また今度。

 さて今度は、どんな無理難題を押しつけられるのかと戦々恐々としてたけど、転移させられた世界で与えられたのは、猫ちゃん探し。

 初めてのほのぼの系ミッションになるかなと思ったけど、そんな甘いわけもありませんでしたとさ。(続く

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