第34話 勇者とその王国の討滅戦 その9 最後の後始末(上)
勇者の国を崩壊させるというミッションで、過半の国民の喪失という達成条件の一つは、戻ってから達成率45%を越えるくらいまでは各都市や町を巡る事で半年もかからずに達成した。
そこからは達成率が急激に伸びないよう、周辺諸国の指導者層の勇者連合国への征服欲みたいなものまでケアしながら、のんびりと50%寸前まで、残り1ヶ月くらいまでをかけて伸ばしていった。
セリカといちゃつきながら、スキルもあれこれ伸ばしたり、ゼオルゲルの
期限も残すところ2週間となり、ヘルプ機能さんに頼んで後一人で達成ってところで打ち止めた夜。ゼオルゲルの棲家だった火山の火口の淵で、俺は一体の人形を取り出した。
その名も写し身の人形。ゼオルゲルの記憶によると、数千年前の人形師と魔道具技術者と魔法使い達がその技術の粋を極めて作成したものらしく、名前をつける事で起動。名付け親か、もしくはその名前の由来となった人物の複製となるらしい。
素体としては身長50センチくらいのマネキンみたいな人形。顔はのっぺらぼうだったけれど、ゼオルゲルの遺産の中でも目を引くものだったので、勇者ヒデキの名前を奪う時に、もう片方の手に持っていたのがこの人形だった。
何が起こるか読めなかったので、名前を引き継がせた人形は即座に貯蔵庫に収納した。
そして、何が起こったのか確認するのを恐れて、ミッション達成直前ぎりぎりまで引き伸ばしてきていたのだった。
「ずっと仕舞っておけばいいんじゃないの?」
というのがセリカのスタンスだったけれど、
「呪いの人形みたくなってたら、嫌じゃん?いつまでも引きずりたくないし」
「貯蔵庫からそのまま削除できるんでしょ?」
「名前付けた後も収納できたから、生き物にはなってないと思うけどね。何かあってもすぐ処理できるように、ここを選んだわけだけど」
目覚めてすぐに溶岩に落とされたら、親指立てて沈んでいってはくれなさそうだけどね。
「じゃあ、さくっと済ませましょうよ」
「了解」
俺は写し身の人形を取り出して、火口の淵の地面に置いた。
操り人形の糸が切れたような状態で、単にくたりと横たわる人形に、俺は呼びかけた。
「ヒデキ」
人形がその全身を震わせると、ゆらりと立ち上がった。ふらふらと上体を揺らしながら、その全身が人間のものへと変化していった。超リアルな1/3フィギュアみたいな感じだ。全身に筋肉が盛り上がって皮膚に覆われ、髪の毛とかナニかも生えてきたりして、目鼻立ちが整い、勇者ヒデキではない、自分の近所に住んでいたヒデ兄の姿の縮小版とも呼べる存在が立っていた。
「ヒデ
唐突に別れるまでの呼び方で呼んでみた。
「よう、久しぶりだな、春樹」
とか
「どうして俺がこんな事になってるんだ?」
とか
「どうして余計な事をしてくれたんだ?!」
とか。いろんな反応を予測して、これまで起動するのを躊躇ってきた。
もしも詰られたりしたら、すぐにでも火口に突き落としたり、素体に戻す言葉を唱えて初期化して削除することも考えていた。
だけど、そんな心配は杞憂に終わった。
「あなたが私の
「はい、そうです」
そんなやり取りから人形ヒデキとの会話は始まった。
「私に付けられた名前はヒデキで間違いありませんか?」
「うん」
「
思い当たる原因はいくつかあった。
「その対象者が近くにいないと無理とか?」
「その方が望ましいとされています」
「つまり、いなくなったり死んでしまった相手は写し取れない?」
「よほど所有者の中の心象が強くなければ無理でしょう」
ヒデ兄の記憶や人格を無理にこの人形に
「その姿を保存しておくことは出来る?」
「はい。元の姿に戻れと命じて頂ければ素体の状態に、特定の名前を呼んで頂ければその名前の状態で起動します」
「てことは、何通りか保存できるの?」
「七通り保存可能です。ただし、大きさは変化しませんし、人体とかけ離れた構造を持つ相手は写し取れません」
「ふむふむ。スキルや魔法とかは使えたりするの?」
「魔法は、この素体に注ぎ込んで頂いた魔力で実行可能なものであれば使えます。ただし固有の能力などは実行できません」
「竜の吐息みたいの?」
「そうですね。それは分かりやすい例です」
ヒデ兄の声で、1/3.5くらいの姿で、記憶にあるのと違う話し方をするヒデ兄は、違和感しかない存在だった。
想像してたのよりは面倒が無さそうだけに、完全に初期化してしまうのもためらわれた、ので、微妙な使い道だけどこのミッションをしめくくる小道具として、役立ててみる事にした。
ミッション最終日の二日前の夜半に、勇者ヒデキが、とある場所に現れるという噂を流した。その多くはまっとうな勇者連合国の国民ではないけれど、勇者ヒデキに格別な思い入れを持つ連中を集めて、掃除しておきたかったのだ。
当日の夜。勇者ヒデキの故郷の町の外れの森の奥深く。腕に覚えがあったり、ヒデキに個人的恨みを持つ野盗や裏家業の皆さんとか、諸国を遍歴してる武芸者とか、魔王腹心の部下の生き残りらしき魔族とか。
集まりに集まった五十余名くらいの曲者連中。こいつらまとめあげれば小国のいくつかくらい取れそうな感じだけど、俺には不要な奴らだから、実験台になってもらった。
およそ直径五十メートルくらいの広さに設けた空き地に不穏な参加者達は集まっていたけど、その中央上空に極小のポータルを開けて、"勇者ヒデキ"としての声を流した。俺の脳内に記録した音声を、ヒデ兄に再生してもらった感じだ。
「よう、お前等。負け犬ども!遠くとか近くからわざわざ集まってくれたところすまんが、死んでくれ!」
勇者ヒデキの姿が見えないところにいきなり声だけ聞こえてくれば、そちらに気を取られる。例えそちらに全神経を集中させないように注意したとしても、話している内容に耳を傾け、理解しようと意識の一部分は占められてしまう。
だから、人形ヒデ兄の声を届けると同時に、俺は森の広場全周に円形に展開したポータル、これは図で言うなら中心の円はくりぬいて円周となる線部分のみを展開したものだった。
それを、人の足首と胴体と首くらいの高さの三段重ねくらいにして、次元斬を放った。
極薄な不可視の刃に二分されたのはまだ良い方。三分、四分は当たり前な感じで、武器や防具で防ごうとして失敗し六分割以上されてるのもいたけど、地面の下や上空に逃れたり、結界みたいのを張って防いでるのもいた。
で、俺は広場上空50メートルくらいから、全力で放たれた
たった二人を除いて。
片方は人間かエルフかどっちかに見えた。四角錘みたいな結界を張って次元斬も竜の吐息も耐えきった強者。
もう片方は魔族かな。何も特殊な事はしてないように見えたけど、無傷なまま佇んでいた。
どっちもやばい相手に見えた。特に後者の方。
後者の方は、前者の方に話しかけた。
「お主、やるのう。わしの配下にならんか?」
「なるかよ。俺は、勇者を倒して俺が最強だと世界に宣伝したかったんだよ!なのに横取りした奴がいる!おい、お前だろ?勇者を消して、勇者連合国を骨抜きにして、さらに残った厄介者連中を集めてまとめて消し飛ばそうとした奴!出てこい!」
「ふむ、口上は先に言われてしまったが、微妙に立場が違うか。我こそは次代の魔王となるべき存在である。魔王を倒したという勇者を倒し、魔王として認められる為の箔をつけに来たのだが。やはり我も横取りされた身の上なのは変わらんか。ほれ、出てこい。出てこぬのなら、勇者の故郷とやらを消し飛ばしても構わんのだぞ?」
遠く離れた地下室にて現地の様子を伺っている俺に、セリカは言った。
「ヤバイ奴なら、無理して相手する事無いんじゃ?」
「ま、そうなんだけどね。どっちもたぶん、これからのミッションに役立ちそうな何かを持ってそうだから、それはもらっておきたいかなって」
俺は、二人の間にまた極小のポータルを開いて、勇者ヒデキとしての声を流した。
「二人で戦って、勝った方にだけ、俺と戦う権利をやるよ」
もちろん、まっとうに戦うつもりが最初から最後まで無かったのは言うまでも無い。
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