第28話 勇者とその王国の討滅戦 その7 乱入者

 名前を奪う。

 それがどんな効果をもたらすのか、半信半疑ではあった。他の誰かで下手に試せないし。

 けれど、名前を奪った途端、自分が誰だかわからなくなり、周囲の相手も自分を誰だかわからなくなる。

 そんな混乱が続く合間に、やっぱりあった次元斬のスキル、勇者としての称号や経験や能力の一切、そして迷ったけど、永続不死というのももらっておいた。

 いや、一般人に戻った筈の人が老いもせずずっと死なないとか、あり得ないでしょ?


 ちなみにもらい方にもそれぞれ注意して分けてあったので、そちらについてはまた後ほど。


 勇者ヒデキを、ヒデキでもない、勇者でもない誰かに戻して、次に懸念されたのは、内乱や戦争だった。

 だから、龍神の格ってのがあれば出来るかなーと思っていた竜化というのも試してみたら出来ました!

 んで、ウェインという名前をニャロスから与えられ直した元勇者は故郷に連れ戻された。町の住民達には念入りに処置を施してあったので、日常生活が煩わされる機会はほぼ無いだろう。ニャロスが付き添って警護してくれるらしいし。



「それで、ここからはどうなるの?」


 ニャロスに連れて動かしていたピンホールカメラ的な青ポータルの先に映る情景から目を離したセリカが尋ねてきた。


「ミッションとしての、"勇者ヒデキの抹殺"は完了してるってのはもう伝えてある通りだけど」

「うん」


 やはり、名前を奪っただけでも、「勇者ヒデキ」という存在はいなくなっていた。「勇者」という称号もはぎ取っておいたのは保険だ。


「国としての崩壊率は、まだ35%。だから、これからはゆっくりと時間ぎりぎりいっぱいまで使って、国中を周りながら、処置を施していく事になると思う。周辺諸国の指導者なんかも終えておかないとだろうし、人数考えたら、残り一年未満てけっこうぎりぎりかもな」

「ミッションの目的の半分はもう果たしてて、それは困難な方の部分だった筈。忙しいかも知れないけれど、二人であちこちを巡りながら、しっぽりと愛を深めていくって素敵ね!」

「だから言い方!」


 セリカはテヘペロしていた。いつの間に覚えたんだそんなの?クソカワイイが許さんいや許すまいか?!


「そんなすんなり行くのかな~?」


 ふと、第三者の声が聞こえた。

 火山中腹地下室は3LDKほどの快適空間に改装されていて、そこのリビングにしつらえたソファに並んで座り、ローテーブルに広げたピザやポテチや炭酸飲料なんかでミッション半分達成のお祝いを二人でしていたのだが、ローテーブルの向こう側に、少年というか少女というか、幼年というか幼女というか、どちらともつかみにくい存在がいつの間にか乱入していた。

 こちらが唖然としていても、平然とポテチやピザをむさぼり食っていた。

 セリカはなぜか俺の頬をつねってきた!


「痛いよ!つねるのなら自分のにしなさい!」

「やっぱり夢じゃないのね。あなたは誰?」

「んむ?もう想像がついとるんじゃないのか?その男の方には?」


 おそらく、という心構え未満くらいの予測はしていた。

 蛇さんの後に狼さんがきたように。

 マフィアのボスを倒しても終わりじゃなかったように。

 竜の後にはさすがに何も無かったけど、それでも、勇者を倒して終わりじゃないかも知れないというのは、国の崩壊というのとは別に何か来るかもとは推測していた。


「たぶんだけど、元凶?」

「うむ、そうじゃ!崇めても良いのじゃぞ?」


 あどけない声で老人口調とか、ヒットするおじさんお兄さん達はいるかも知れないけど、とりあえず俺は残っていたピザとポテチの袋を元凶と名乗った相手の前から取り上げておいた。


「何をする?別の味のも出せるのだろう?出し惜しむでない。貢げば貢ぐほどに、この後に加わる手心の内容も変わってこようぞ」


 やっぱり、その類か。


「さしずめ、運命を司る、っていうか、ひっかき回す役所やくどころの、いたずら者で厄介者扱いされてる」

「そう、神じゃ」


 俺は反射的に、溶岩を、いやまずいと思い、とりあえず水を自称運命の神とやらの頭上からかけてみた。青ポータルからどばっと。


 普通にずぶ濡れになった。


「何をするんじゃおのれはー!」

「いや神様、それも運命を司っているんなら当然察知して避けられて当たり前だと思って」

「ぐぬぬ、痛いところを突きおって!やれば出来ぬわけではないが、未来を予知するのは、というか時を管理するのはやはり時の神であり、全体を管理するのは主神よ。我は、乱れたえにしあやの糸を切ったり結び直したりするのじゃ!」


 どうじゃ、恐れ多いぞ!?とばかりにどや顔で胸を張ってきたけど、とりあえずデコピンしておいた。


「ハルキ!?」

「ななななにをするのじゃー!?このっ、どんな運命を狂わせてやろうか!?」

「ダメじゃないの!どうかお許しください!」


 セリカは俺が取り上げていたピザとポテチを自称運命の神の前に捧げ直し、それでだいぶ機嫌というか尊厳とやらは戻ったようだった。


「うむうむ、それが神ならぬ者の取るべき態度よの」

「セリカ、こいつにかしまったり畏れる必要なんて無いぞ」

「どうして、ハルキ?こんなのに私たちの間をどうにかされる可能性がほんのわずかでもあるなら、機嫌は取っておいた方がいいじゃないの?」

「今こんなのって言ったかこのエルフ?」

「食ってていいからちょっと黙っとけ」


 俺は自称神の頭にちょっぷを落としてから、ヘルプ機能さんに尋ねた。


――これ、もしかしてだけど、次のミッションの相手だったんじゃ?


<可能性はありましたね>


――否定はしないのね。で、こいつどうすればいいの?


<いかようにでも。今回のミッションの対象ではありませんし>


――でも、邪魔してきそうじゃない?


<邪魔だと感じたら排除すればいいでしょう?>


――出来るの?まあ出来そうなスキルも追加でもらったけどさ。


<イラシュエル。この相手は、異なる世界にランダムに転移しては、あちこちで騒ぎを起こしてきた厄介者です。あなたの世界や国で言うなら、国際指名手配犯といった感じでしょうか>


「お前、お尋ね者らしいな」

「ぎくっ!」


 ピザを黙々とつめこんでいた自称神は、喉を詰まらせそうになり、1.5リットルペットボトルをラッパ飲みして飲み下し安堵していたが、お前、神じゃないのか?


「いろんな世界でちょっかい出して、指名手配されてるらしいぞ?」

「じゃ、ごちそうさまでした。そろそろこれで!」

「待て」


 俺が伸ばして手を警戒して、自称神は後ろに身を引いた。けど、そこには―――


「イラシュトリア」


 なぜかヘルプ機能さんに教えてもらったのとは似てるけど別の名前が思い浮かんで口にすると、自称神が驚いて一瞬動きが止まった。

 俺はその隙に伸ばして手の先、指先を相手の後頭部から出して触れ、つぶやいた。


「神としての権能をポータル飛ばす


 残念な事に、手に余ったようで獲得は出来なかったようだ。イラシュトリアはばっと後ろを振り向いて指先から逃れたけど、残念。腕は二本あるんだ。

 俺は左手の指先をポータルから飛ばして頭頂に触れ、再度つぶやいた。


「異世界に転移する権能ないし機能をポータル飛ばす

「っ!?ななななんて罰当たりな事をっ!返せっ!返しなさい!返さないと」

「返してもどうせひどい事しようとするんだろ?」


 テーブルを乗り越えて俺の胸元をつかんでがくがくと揺さぶる幼児的自称神。


「ハルキ、大丈夫なの?」

「どうにかされるものなら、とっくにされてるさ。こいつのおもちゃをどうにかしちゃったから目を付けられて、ここまでついて来られたんだから」

「お主!このままで済むと思うのか?今ならまだ笑い話ですましてやるが、もし返さぬというのなら」

「どうするんだ?」


 直接、神としての権能そのものははぎ取れなかった。ならば―――

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