第27話 勇者とその王国の討滅戦 その6 勇者ヒデキの回想(下)
戦いにもならなかった。逆らう王や貴族の兵士は皆殺しにした。最後に身包み剥いだ王と貴族に問いただしてみたら、元の世界に戻せるかも知れないというのもでっち上げという事が判明した。
連中にとっての大切な誰かを目の前で滅茶苦茶にしてやりながら殺した。悪だくみしてる奴らはいらない。正しくない連中もいらない。俺を利用しようとする輩も全員殺してやると決めた。
国を支えていた王や貴族がごっそりと殺されたことで、周辺の国々がハイエナのように群がってきたけど、一つ一つその侵攻軍を全滅させ、その母国の王族や貴族さえ逆襲して皆殺しにしたことで、国は平和になった。少なくとも俺の
魔王軍と戦ってた時の仲間の内で頭のいい連中に統治の大半は丸投げした。勇者連合国と頭の悪い名前を付けられたりもしたけど気にしなかった。どうでも良かったから。反抗してこなかった貴族や役人連中まで殺したわけじゃなかったから、どうにか政治も回り、俺はお飾りの王様に仕立てられ、いわゆるハーレムなんてものにも気に入った相手を片っ端から入れていって一日の大半はそこで過ごしていた。
時々混ざってくる、まだあきらめていない暗殺者は、日常の退屈を紛らわせるスパイスに過ぎなくなっていた。だけどなめられるのは嫌だったから、密告制度を導入して、積極的に身の回りの誰かをチクらせるようにした。自分にとっては暇つぶしに過ぎなかったけど、勇者連合国の国民にとっても刺激の種になってくれたらしい。王様は国民を退屈させちゃいけないらしいしな。ははは。
どっからどう見てもまじめには生きてなかった俺に忠言してくる奴は、いなくもなかったけど、遠ざけたりして、まともには取り合わなかった。何せ死なないんだぜ?しかも勇者連合国みたいなバカみたいな存在がそれなりに回ってて、税金というカネも存分に入ってきてた。物欲も食欲も大して無かったから、女関連にだけ気前良く使って、他は放っておいた。盗賊とか
最後まで五月蝿かったのが、ニャロスだった。周囲からも面倒なことは全部ニャロスに言わせろみたいに頼ってるとこがあったのであまり無体なことは出来ず、さりとてある日限界を超えたので、ハーレムの一員に加えて、手篭めにしてやった。元の体の持ち主に遠慮してたんだが、やった後も大して変わりは無かった。むしろ五月蝿さが増して、密告された連中を見せしめに処刑するのを止めろと懇願してきて、止めないなら殺してでも止めると短剣を突き立ててきたのには驚いた。
ニャロスも俺が不死だというのは当然知ってて、かけられている魔法なんかを解呪するという短剣を探し出してきて、本気で俺を止めようとしたらしい。だけど、だめだった。俺は死ねないままだった。
さすがに殺されかけてまで傍には置いておけなくなり、王を殺そうとした者として処刑するしか無くなってしまった。元の体の持ち主に遠慮して、自分は見に行かなかったけれど、何者かがニャロスを奪い去ってしまったと報告を受けた。
レジスタンスの一つにでも拾われたかと、ニャロスやその協力者へ多額の懸賞金をかけたし、仲間内で探索とか調査に長けた連中に後を任せたけど、現場からは完全に消え失せていて、足取りも全くつかめなかったらしい。いいじゃないか。いずれ俺を殺してくれる誰かが現れてくれれば万々歳だ!
それからしばらくして、不思議な報告を受けるようになった。ある一地域が、離反したのではないのだけれど、勇者連合国への帰属意識を無くしてしまったらしい。別の地域でも、調査に出向いた俺の仲間にも、同じ様な事が起こり、仲間だった誰かは俺への忠誠というか関心そのものを無くしてしまった者まで出てきた。
何かが起こっているのはわかったけど、次元斬でどうにかなるようなものでも無さそうなので放っておいた。同じ様な報告は連日続いて、ついには旧王都にまで範囲は広がり、やがて報告そのものも止んだ。
俺は気にせず、ハーレムに入れた相手と爛れた生活を送っていた。旧王城を和風に建て直したヒデキ城(これも酷い名前だが仲間が譲らなかったので折れた。自分も和風建築や城の構造に詳しい訳も無かったから、外観だけ何となくそれっぽくしてるだけのものだった。旧王都をハイジマシティーと名付け直し、気まぐれに記憶の中にある店や建物を紛れ込ませてみたりもした。もしも、自分と同じ様な境遇の誰かが、この世界に紛れ込んできた時に判るように。)
そして今夜も十人をそれ用の部屋(ラブホみたいな異なる趣向を凝らした部屋をいくつも作らせていた)に招いて、最後の一人を相手に、まぁ、がんばっているところだった。頭を空っぽにして、全身の力を込めて腰を振るい、相手も叫びながら両手両足を俺に絡ませて、二人して絶頂に登りつめたその瞬間。
何かが、自分の後頭部の髪の先端に触れた感触があった。とっさに次元斬を放とうとしたけど、体を重ねてた相手と舌も絡めあってた状況で、どうせ何をされても殺されはしないという驕りもあって、俺は反撃できたかも知れない唯一のタイミングを逃してしまった、らしい。
俺の髪先に触れた何かがつぶやいた言葉が、なぜか心の中にまで伝わってきた。
「お前の名前を
そして、そして、俺は・・・・・・・・・・・・・・、俺が、誰だかわからなくなった。
目の前で抱き合っていた女も、部屋にいた他の女達も、俺が誰だか分からないようだった。
彼女達の名前は、覚えている。でも、どうして彼女達と自分が裸で、そういう事をしていたのか、わからなかった。彼女達もわからないらしかった。
「なあ、俺は、誰なんだ・・・?」
「あなたは、誰なの・・・?」
互いに混乱した静寂が部屋の中を満たす間に、自分の中から次々と大切な別の何かも抜き取られていくような気もしたが、自分が誰なのか、どうしてここにいるのか、そんな根本的な疑問の前には、気にすべき問題とも思えなかった。
すると、いつの間にか、目の前にニャロスがいた。周りにいた女性達よりも、なつかしく、大切な存在に思えた。猫獣人の彼女は、俺をベッドから下ろして頭からローブをすっぽりと被せると、俺を抱きしめて言った。
「お帰りにゃ、ウェイン・アグロクス」
「ウェイン・アグロクス?それが、俺の名前なのか?」
「そうにゃ。そしてウェインのお家はここじゃ無いにゃ。一緒に帰るにゃ」
「俺にも、帰る家があるのか?」
「もちろんにゃ。ウェインのパパとママもきっと喜んでくれるにゃ」
そして部屋から出て行く時、同じ部屋にいた女性の誰にも止められはしなかった。
城の屋上にまで出ると、そこには大きな赤い竜がいた。
「ド・・、ドラゴン!?」
びっくりして腰を抜かしたけど、ドラゴンは興味無さそうにちらりとだけこちらを見た後、都中を震わせるような大きな声で吼えた後、夜闇に向かって宣言した。
「勇者はこの地からいなくなった!だが、平和になったこの地に騒乱をもたらそうとする者がいれば、裁きの業火に焼き尽くされるだろう!」
竜が大きな
その後、俺はニャロスに連れられて、竜の背に登ったけど、そこにはもう一人、ローブに身を包んだ先客がいた。
三人を背に乗せた赤い竜は悠々と夜空へと飛び上がり、もう一度旧王都に咆哮を轟かせると、どことも知れぬ方角へと飛び去っていき、いつしか急激な展開についていけなくなったのか、意識が途切れて、目が覚めたら馬車に乗っていた。ニャロスと他の乗客とがいた。
乗り合い馬車らしく、昨晩旧王都に現れた竜について盛んに話されていて、自分も加わろうとしたけど、ニャロスに止められた。
やがて馬車は故郷らしき町に着いてニャロスと降り、見覚えのある町並みを辿り、やがて馴染みのある我が家が見えてきた。ニャロスがドアをノックし、髪に薄く白髪が混じった女性が迎え出てくれた。
「ウェインを連れて帰ってきたにゃ」
「勇者ヒデキ様ではなく?」
「勇者もヒデキも、もういないのにゃ。ウェインはお母様と幸せに暮らすといいのにゃ」
ヒデキ、という名前に、自分の中の何かが疼いたような気もしたけれど、ニャロスが自分の母と呼んだ女性が自分の頬に触れ、まじまじと瞳を覗き込んできて、そんな感傷はどうでも良くなった。
「母さん?」
「お帰り、ウェイン。ここがあなたのお家よ」
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