第26話 勇者とその王国の討滅戦 その5 勇者ヒデキの回想(上)

 今振り返ってみても、日本のそこら中にいる元気なだけの少年の一人だった。

 死んでしまったことは仕方ないと受け入れてた。友達と遊んで家に帰る途中、横断歩道に赤信号でも渡り始めてしまった老人がいて、そこに走りこんできた自動車が止まれず、気付いたら走り出して老人を突き飛ばしたら車に撥ね飛ばされ、宙を舞いながら、信号待ちしていた近所の弟分、というか本当に弟の様に思っていた春樹と目があって、ゴメンな、と謝ってたら意識が途切れた。


 アニメはともかく漫画ラノベの類は、そんなにはまってなかったけど、それでも異世界転移とか転生とかってジャンルがあるのは知ってた。たいていの転生系は俺みたく誰かを助けて死んでしまった人を神様が目にかけて特別なスキルを渡してくれて次の世界へ生まれ変わらせてくれる、とかだったりするのも何となく知ってた。

 けど、自分が覚えてる限りでは、そんなシーン場面は無かった。気付いたら、どこの誰のとも知らない部屋のベッドに寝かされていて、周りにたくさん人がいたけど、みんな泣いていた。自分の体は重くてというか力がほとんど入らなくて、手を上げるのでさえ大変だったけど、それでもそれが自分の体だとわかった。記憶を手繰ってみると、この体の持ち主だったろう誰かの名前や、周りにいて泣いていた人達が、自分が手を持ち上げた事に驚愕して気絶する人までいたけど、彼や彼女たちの名前と自分との関係性も思い出せた。


 最初は、用心深くすることに決めた。というのも、体は日に日に良くなっていったけど、こちらの世界に意識が移ってきて、というか転生してきた当初は、満足に動くどころか話すのも難しい状態だったから。

 自分の転生が契機になったのか、前の体の持ち主が一度死んで何かのフラグが回収されたせいかは知らないけれど、一月も経つ頃には家の中なら動き回れるようになったし、三月も経つ頃には家の外も走り回れるようになった。そもそもが11歳って小学5年生の頃だったから、家の中でじっとしてるのは性に合わなかったし。


 体はどんどん健康に、力強くなっていった。転生してから半年経った頃には、町のガキ大将どころか普通の大人にも負けないくらい強くなっていた。

 そして転機は転生からちょうど一年後くらいに訪れた。宿主というのも変だけど、体の元々の持ち主の誕生日に、住んでいる町が魔物の群れの襲撃を受けた。ゴブリンとオークが合わせて500匹くらい。外壁はあるけど木製で、町の兵士も50人足らず。町に滞在していた冒険者達を合わせても100人に届かず、必死に抵抗しても状況は絶望的だった。

 自分も戦えると主張したけど、まだ病み上がりの子供として母親と避難場所の教会で皆を守るよう父親に言われ、しぶしぶとだけど従った。

 で、戦いが始まって半日が経つ頃、街中が急に騒がしくなった。門が破られて魔物が入り込んできたのだとみんな真っ青になりながら覚悟を固めていた。そして間もなく、教会の分厚い扉が打ち割られて、初めて見るゴブリンやらオークやらがなだれ込んできた。

 立ち向かおうとしてた女性や老人達も、次々と殺されていって、自分の目の前にもやってきて、自分をかばってくれた母親も殺されそうになって、俺は間に入ってただ腕を振るった。少しでも魔物を遠ざけようとした、子供らしい無駄な足掻きで、殺されて終わる筈だった。

 目の前にいたゴブリンはへらへらと笑っていた。俺が振るった手を取ってそのまま食い千切ってやろうか?と目が語ってたけど、その上半身が腕の軌道に沿って断裂して、ずるりと床に滑り落ちた。

 何が起こったかわからなかったけど、とにかく周りの魔物達に向けて腕を振り続けた。自分にもさっぱり見えない何かは、相手が武器や防具で受けようとしても、避けようとしても逃げようとしても、お構いなしに分断して殺していった。

 いつの間にか、一度に一匹しか殺せなかったのが二匹殺せるようになり、三匹、五匹、十匹と増えていくにつれて、やがて教会になだれ込んでくる魔物はいなくなった。

 俺は外に駆け出して、まだまだたくさんいた魔物達が町からいなくなるまで狩り続けた。狩り尽くした後になって、視野の右下に、次元斬 レベル7と表示されているのに気付いた。

 父親は町を守る戦いの中で死んでいた。外壁での防御戦に参加していた兵士や冒険者、大人の男の半数以上が死に、残りの半分以上も傷を負っていた。

 このまま待っていたら、守ろうとしたら、全員殺されて死ぬ。それが覚悟となって、俺は町の子供たちの間でも有名だった試練の洞窟に挑む事にした。大人の一流の冒険者でも生きて帰れないような場所だが、勇者として認められるには避けられない試練。母親とも喧嘩別れするような形で旅をして辿り着き、敵も罠も障害物も全部次元斬で切り伏せて、洞窟最奥にあった、踏破の証という首飾りを手に入れて、俺は地上に戻り、すぐに王都へと召還された。


 そこでのやり取りは今でも忘れない。

 王や貴族の重鎮達により、俺は元の世界から召還された事を知った。そもそも死んでしまった事に関して彼らの落ち度はまったく無いにしろ、元の世界でただ死んでいた筈のお前を助けてやったのだから、俺たちの言う事に従えという態度にはムカついた。

 年々脅威度を増しつつある魔王とその軍勢を倒せば、元の世界に戻してやれるかも知れない、いやきっと叶えてみせよう!という戯言にも乗せられて、俺は魔王軍との戦いに身を投じる事になった。


 次元斬は確かに相手が何だろうが、その攻撃が武器だろうが魔法だろうが、全部切り伏せてしまえる最終必殺兵器と言える存在だったけど、射程距離は無限じゃないし、自分も殴られれば痛かったし、違う町や戦場なんかには当然手は届かなかった。

 だから仲間を増やして自分の弱点を補うようにした。仲間を増やせば増やすほどに、魔王軍との戦況は改善していった。結果を出せば出すほどみんなちやほやしてくれて、かわいい女の子もより取り見取り。俺は誰一人止める奴もいないまま、魔王との戦いに邁進していった。

 いや、止めようとしてくれる相手も一人はいた。転生した町で、この体の持ち主と友人だった猫獣人のニャロスとかいう奴。俺を止める為には同行するしか無くて、必死に自分を鍛えて食らいついてきていた。


 自分の住んでた町が魔物に襲撃された頃は、だいぶ魔王軍に押されている時期だったらしい。その苦境を挽回する為に取った手段で結果を招き寄せているという意味では、王も貴族も正しかったのかも知れないけれど、魔王軍との戦いでは自分とその仲間達を最前線に立たせ続け、王や貴族の兵士達はあくまでもその後ろで控えているという立ち位置にもいらつかされ続けた。

 とはいえ、魔王の四天王なんてのはいなかったにしろ各地の指揮官とその軍勢を討ち取れば、当然魔王も本腰を入れて俺を狙ってきた。

 そして訪れた最終対決。当時の俺の次元斬のスキルレベルは90以上。一度に作れる次元の断裂は九個。射程距離は1キロ以上で、断裂のサイズを調節することでさらに伸ばせた。逆に距離を縮めるほどにサイズは大きくもしくは長く出来たので、軍勢相手には無類の強さを誇るスキルだった。XX無双なんてゲームが流行ってたけど、あれの超拡大版。遠距離攻撃しようとしても、やっぱり次元の断裂で全て受け止められたし、射程勝負ならほとんどの場合俺に勝てる奴はいなかった。

 魔王は、そんな俺にほぼ一人で戦いを挑んできた。余計な損害を出さない為だろう。自分も受けて立った。魔王が持っていたスキルの一つに、たぶん先見があって、こちらが次元の断裂を作る位置を前もって把握することで回避。発動は視覚に頼っているのを知られた後は、炎や氷や雷や毒霧の魔法を目くらましに使いつつ、接近戦を挑まれた。

 自分の戦いのほぼ全部が次元斬で片がついてしまっていた弱点を突かれたといって良い。転生してきた当時も、魔王との戦いに挑んだ当時でも、武器を使った戦闘なんてほとんど経験してこなかった。魔物を倒すことで身体能力とかも上がってはいたけど、それでも魔王に比べれば覚束ないもので、次元斬を防御的に展開することでとにかく傷を負うことを避け続けた。

 千日手な攻防になりかけたけど、魔王が先に動いた。

「ダークネス!」

 360度全周が闇に包まれたけど、俺は焦らずに、自分の周囲360度に向けて次元斬を放った。以前も似たような攻撃をされた時は、これで片がついていた。けど手応えが無かった。

 突然、地中から足を捕まれて、地面の下に引き込まれた。まだ視野は真っ暗なままだったけど、下方向に向けて次元斬を放って、その魔物は倒せた。けれど自分の体はまだ地面の下。頭上方向にも次元斬を放ってみたけど手応えが無い。


 途端に熱を感じた。地面全体が高熱を帯びてて、まるで燃えているようだった。

「このまま終わるがいい!」

 環境そのものに変化を加える範囲魔法は、俺の弱点というか次元斬でもどうしようも無いところがあった。それでも俺は周囲の地面を丸ごと削り取るような次元斬を連打することで力押しの解決を図った。相手もここを勝機と捉えて魔法を連打してきてたので応戦するように次元斬を目暗でも無闇に応打。どれだけ地面を削ったのかわからないけど、やがて周囲の地面から熱を感じなくなり、魔法も飛んでこなくなって、視界を覆っていた闇も晴れた。

 魔王は、出鱈目に放たれていた次元の断裂の一つを避けられず、胴体部分が分断されて消失していた。次元斬による傷は決して再生しない。それは傷であって傷でないから。

 俺は用心しつつ魔王に近寄り尋ねた。

「俺の勝ちだな?」

「ふふ、そのようだな。ぐぶっ」

 魔族の血は緑色らしかった。いちおう生き物らしく、やはり体の大半が失われれば死ぬらしい。というか人間ならとっくに死んでるし、魔族でもその筈だった。

「勇者よ。私はこのままでも生きようと思えば生きられるが、少しばかり無様過ぎる。だからお前に勝ちを譲ることにした」

「そりゃどうも。とっとと死んでくれよ」

「いや、私はこれでも不死でな。このままだと死ねない。だから、その不死性をお前に譲る・・

「ばっ・・、止めっ!」

 止めろという言葉は間に合わなかった。反射的に放った次元斬で魔王の姿は跡形も無く消え消せていたけど、自分のステータス画面を見ると、そこに永続不死という文字が新しく表示されていた。

 魔王軍の残党狩りの間、これまでにはやらなかった無茶な戦い方もしてみたけど、どんな傷を受けてもすぐに再生していくし、腕や足がもげようがすぐに生えてきて元通り動くようになった。

 王都に凱旋すると、王や貴族は俺を露骨に飼い殺そうとした。お前の用事は終わった、消えろという意志を眼差しから強く感じた。不死になったことは近しい仲間内にしか知られていなかったので、毒その他の暗殺の試みを何度も受けて、俺は連中を完全に排除する事を決めた。

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