第55話 事件勃発

「やめてください!」


 事件は、昼休み終了直前に起こった。

 聞き間違えようのない悲鳴が、食堂から上がった。野次馬をかきわけて見ると、そこには案の定礼香と――金髪の男たち三人が詰め寄っていた。


「イイじゃねぇか、もっとうめぇところで食おうぜ? なぁ」

「迷惑です! 警察呼びますよ!」


 礼香は急いで、スマホを取り出す。

 だがリーダー格の男は、あっさりとそれを振り払った。


「きゃっ……!」

「警察なんてなぁ、大したことねぇんだよアホが。ほら、こっちに来い」

「嫌……っ! やめて、下さい!」


 その様子を見て、俺の頭が沸騰した。


「どけ!」


 俺自身が出したとは思えない声で、野次馬をどかす。

 そして、礼香と男との間に割って入り、三人の前に立った。


 間違いない、真ん中にいるガタイのいい男、そして不愉快なツラ……! こいつが“文系の破壊王”こと、懐王猛流だ!


「あぁ、何だぁ?」

「やめろよ、てめぇ。嫌がってんだろうよ、懐王猛流」


 俺は猛流をにらみつける。猛流は名前を呼ばれても、眉をわずかに動かすだけだった。

 と、取り巻きの男二人が、俺と距離を詰めてくる。こいつらは……礼香とのデートでナンパしていた男たちだ!


「何なんだよ、てめぇ」

「彼女の幼馴染だ」

「そりゃご苦労なこって……なぁ!」


 取り巻きが二人がかりで俺を殴ろうと、拳を突きだす。俺は防ごうとして、腕を前に出し――しかし拳は、当たらなかった。


ってぇ……!?」

「やめようね、こんなこと。勇太に……私の恋人に手を出すのは、許さないよ」


 二人の右腕を強く握りしめる手があった。リリアンネだ。


「チッ、何しやがるこのクソアマ!」


 まずい、リリアンネ!


「効かないよ、そんな遅いの」


 俺が止めようとした次の瞬間、リリアンネは取り巻き二人のみぞおちを殴りつけていた。


「ああぁ……!?」

「ぐえっ……!」


 あまりに痛いのか、絶叫しだす。

 ふと、リリアンネは短く呟いた。


「これ……正当防衛って言うよね」


 言い終えるやいなや、リリアンネは二人から離れる。腹を抱えて悶絶する取り巻きどもをよそに、リリアンネは後ろに下がった。


 猛流は興味深そうに、俺やリリアンネを見る。


「ほぉ、こいつらを一発とはな。ただのアマとは思えねぇ強さだ」

「ならさっさと下がったらどうだ?」


 一応は警告のつもりだ。

 だが、みるみるうちに表情が怒りに染まる。


「テメェ、ナメてんじゃねぇぞ……おらっ!」


 振るわれる猛流の拳だが、避けられる。わずかに体を右にずらして、空振りさせた。

 すかさず、空いた腹に一発叩き込む。


「おぐっ!? て、めぇ……!」


 だが、思ったよりも効いてない。ダテに問題児じゃないってか。

 と、風切り音が聞こえ――


「勇太!」


 リリアンネが叫ぶと同時に、金属製の何かを蹴飛ばす音がした。直後、破裂音と共に、ピンク色をした何かがぶちまけられる。


「げほっ、ごほっ!」


 俺は下がって、礼香をかばう。

 足元に、赤い円筒状の物体が落ちてきた。消火器か!


「そうだ、リリアンネは……!?」

「見下げ果てたね。よくも私の恋人を」


 声は聞こえる。どうやら無事そうだが、いつもよりすごく低い声だった。

 一瞬遅れ、殴打する音と苦しむ声が響く。


 そしてピンクの煙幕から、リリアンネが出てきた。


「勇太、礼香のスマホ拾ってきたよ」


 淡々とした――しかし表情には怒りを出している――リリアンネが、スマホを礼香に手渡す。ヒビが入っていたが、まだ画面は点灯していた。


「はい、礼香」

「リ、リリアンネさん……」


 礼香は戸惑っているようだが、ひとまず無事なようだ。


「何があった!」


 と、駆け込む音と同時に、教職員たちがやってくるのが遠目に見えた。


「先生……! 助けてください!」


 礼香が叫び、自らの存在を示す。

 野次馬たちが道を開けて、教職員が俺たちを取り囲んだ。


「士道! 何があった!」

「君島先生……!」


 その中には、君島先生もいた。

 ひとまず、これ以上は手出しできないだろう。




 俺たちは教職員たちに囲まれながら、2つのグループに分けられて事情聴取を受けることになった。

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