第56話 事情聴取

 俺たち3人は、応接室に連れられる。

 そこには、日頃あまり見かけない顔ぶれがそろっていた。


 真ん中に立っている、ハゲ頭で茶色いスーツの老紳士が一歩前に出て名乗る。リリアンネは彼を見て、少し驚いた様子を見せた。


「学長の“龍善りゅうぜん 英俊ひでとし”だ。名乗らなくて構わない、まずは座りたまえ」


 俺たちが名乗るヒマもなく、話が進む。


「先にことわっておくが、事情次第では警察に通報することもある。士道君……だったな」

「はい」

「君は優秀な学生なのは、君島先生から聞いている。私個人としては守りたいが……なんにせよ、話を聞いてからだ。録音の許可を取りたいが、構わないか?」

「はい、構いません」

「君島先生、頼むよ」


 ややいかつい顔に反して、どうやら当たりは強くないらしい。


「一応のいきさつは聞いているが、念のため君たちから確認を取りたい。何があった?」

「はい。それは――」


 俺は必ず入れる要素を交えつつ、できるだけ完結に、かつ最小限度にまとめて話した。

 礼香へのナンパ迷惑行為及び暴行、止めに入ったのを試みたときの取り巻きによる暴行、そしてそれに対する俺や礼香の正当防衛。


 全て包み隠さず話終えるまで、学長はただ静かに聞いていた。


「……以上です」


 俺がそう言うと、ようやく口を開いてくる。


「君島先生、録音は撮れたかな?」

「問題ありません。この場で共有します」


 メールを送っているらしい。

 1分ほど経って、「送りました」と呟いた。


「ああ、来たぞ。さて、今日の段階ではここまでだ。一応言っておくが、事情聴取自体はこれからも行わせてもらう。だが安全を考慮して、オンラインで行おう。相手はあの男の一派だからな」


 確かに、あれだけの衆人環視でも暴力をためらわなかったからな。下手に屋外に出して、衝突を起こしたら大問題だ。


「今日はこれで終わりだ。ああ……待て。一つだけ言い残したことがある」

「はい」


 学長を見ると、何か申し訳なさそうな様子だった。


「このような事態になった場合、発言の真偽やありとあらゆる状況を問わず、一律で君たち当事者となった学生に課す命令がある」

「なんでしょうか?」

「『事件に関与した者は、証人含め1週間の謹慎を命ずる』……だ。端的に言おう、1週間経つまでは、うちの敷地キャンパスに足を踏み入れないでくれ。すまんな」

「ッ、それは……!」


 礼香が叫ぼうとするのを、俺は手で制した。


「やめろ。無意味だ」

「でも、勇太は……!」

「命令は命令だ。学則……ですよね、学長?」


 俺が尋ねると、学長は黙って首を縦に振る。


「そんな……!」

「これ以上は俺にも、お前にも累が及ぶ。やめてくれよ。リリアンネもだ」

「もちろん。ややこしくなるし」


 リリアンネは学生でないため学則の適用範囲外なのだが、当の本人は俺の決断を尊重してくれたようだ。


「理解してくれて、感謝する。そうだ、今すぐ帰宅するのがいい。彼らとはち合わせる前に、すぐにだ」

「あと、親御さんに連絡入れとけよ? 武士道。今日中にな」


 学長と君島先生は、意味深なことを言う。

 と、学長がさらに呼びかけた。


「そうだ、もう一つ。佐々見さん……だね」

「は、はい」

「貴女はほとぼりが冷めるまで、どこか別の場所にいたほうがいい。実家でもなんでもいいので、とにかく今の家にとどまり続けるのはおよしなさい」

「それは……どういう意味でしょうか?」


 戸惑う礼香。だがこれと似たような経験を、俺は知っていた。まさか、学長……!


「彼らは半グレという、暴力団に類似した犯罪組織と繋がりがあるという噂を耳にしている。女性が一人でいるのは危険です、とにかくどこか別の場所へ」


 理由を話そうとしない学長。

 ここまでの言い方だと、「もう今いる家は気づかれていますよ」とでも言わんばかりだった。

 と、リリアンネが礼香の隣に立つ。


「では、友人である私が保護します」

「リリアンネさん!?」


 今さらになって思い出したが、リリアンネは自分の部屋を持っていたんだった。

 普段俺の部屋に入り浸ってるから、すっかり忘れてたつーか、実感がなかったけど。


「それがいいな。信用できそうだ」


 学長はそう言って、俺たちを見送る。


「勇太、何かわかる?」

「何がだ?」

「えっと、その……。とりあえず、リリアンネさんの家に行けばいいのかな? わかんないけど」

「そうだよ、れーか。詳しい話は後でしよっか」




 なし崩し的に、俺たちは三人で帰ることになった。

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