第52話 初詣、そしてその後

 それから俺たちは支度を済ませて、近くの神社まで行く。

 神社といってもそれなりに規模はあり、人もだいぶ集まっていた。


「多いねー」

「ああ、けっこう混んでるな……」


 身動きが取れないほどじゃあないが、あまり自由に動き回るのも難しい、そんな込み具合だ。


 9か10年ほど前なら、「密」と言われて嫌われていただろう。だが、原因とされたウィルスの脅威は、ワクチンの普及や抗体が付きだしたことにより、今はほぼない。脅威度は下がっており、「生きていれば感染する確率はある。だが治療法もある」と一般に認識されてきたため、過度に恐れる必要はもはやなかった。


 そういうわけで、今は安心して人混みの中にある。マスクも義務化されておらず、着けてない人が半分くらいいる。もっとも俺たちは念のため、使い捨てのを着用してるが。


「願い事、決めとけよー」

「もちろん。一つだけある」


 敢えて言うまでもないだろう。ま、心の奥にしまっとくか。

 リリアンネもたぶんわかってるだろうし。


 手水所ちょうずどころで、俺たちは手と口を清める。昨日やったのでやり方は問題ない。

 それからしばし並んで、ようやくお参りができるようになった。リリアンネにお賽銭さいせんを渡して、昨日と同じようにやってもらう。


 二礼二拍手一礼。神社における基本の作法だ。

 まずは神さまに感謝を申し上げ、それからお願い事を心の中で唱える。


 それは、『どうか穏やかに、リリアンネと一緒にずっと過ごせますように』だ。それから、『俺たち家族が、平穏無事でいますように』と唱えた。

 二つは欲張りだったかもしれないけど、願いとは二つあったら両方言うものだ。神さまは寛容だろうから、二つくらいなら許してくれるだろう。


 と、リリアンネにわき腹を軽く指で突かれた。

 振り向くと、さっき見た日の出と同じかそれ以上に明るい笑顔を浮かべてる。


「ゆーた。私もゆーたとおんなじお願い事、したよ」

「そうか」


 本当は今すぐ抱きしめたい気分だったけど、まだ神社だ。ちょっとばかり、自重しないとな。

 父さんと母さんもお願い事を終えて、俺たちは神社から帰ろうとし――嫌な気配を感じて振り向いた。


 ……何だ、あの金髪男?

 何でかはわからないけど、ものすごく嫌な気配がする。と、振り向いてきたのでとっとと目をそらした。


 そして今度こそ、神社をあとにしたのであった。


     ~~~


「さて、俺たちは別荘行ってくる」


 昼食を食べ終えて早々、父さんは驚きの言葉を放った。


「別荘?」

「ああ、母さん名義の別荘だ。イチャつくにはちょうどいいだろうからな」


 そうだ、母さんなら持っててもおかしくはないんだった。


「夕食はお雑煮の残りだ。いいよな?」

「俺はいいぜ」

「私もです」


 俺もリリアンネも、それには賛成だった。

 と、俺の男としての本能が、目覚めはじめる。


「ちょっとコレはまずいな……」

「あらあら、効いてきたわね」

「母さん、なんか入れたろ!」

「うふふ、精の付くものを隠し味に……ね」


 こっそり入れてたワケじゃねぇか! チクショウ、どんどん我慢が効かなくなってきたんですけど!


「俺にはまだだな……」

「あなたには量を少なめにしていますから。移動中に盛りがついても、どうしたものか困りますし」

「後で前にくれたサプリ飲むか。まだ期限内だし」

「それがよろしいかと、うふふ」


 ちょ、これ、冗談抜きでまずいぞ……!


「では勇太さん、リリアンネさん。行ってまいります」

「明日の朝くらいに帰るからなー」

「ああ、行ってらっしゃい!」


 やや怒鳴り気味に父さんと母さんを見送り、急いで玄関の鍵をかける。

 俺は野獣のごとき欲望を抱えながら、リリアンネを見た。


「それじゃ……リリアンネ」

「うん、おいで。大好きなゆーたを、いっぱい感じさせて」

「ああ」




 俺たちは急ぎ足で、寝室へと向かったのであった。

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