第35話 デートからの帰宅

 その後、俺たちは荷物を取ってすぐに帰宅した。

 正直、夕食を食べる気力もなかった。仮に食べたとしても、お開きにしてからだろう。あんな結果のあとで相席なんて、気まずいにもほどがある。


 エロゲーで、告白をフるシーンは何度も見た。

 だが、まさか。拒絶の言葉を告げるのが、ここまでつらいとは。幼馴染だから、距離が近しかったから、そういうのもあったかもしれない。それを踏まえても、俺は泣きたくなるような気分だった。


 もしもリリアンネと出会わなければ、俺は礼香を受け入れていただろう。だが、礼香の恋心を知ったのは、リリアンネがいたからこそだ。でなければ、そもそもデートに至っただろうか。俺にはまったく、わからない。


 礼香がバスで帰っていくのを見送ってからは、帰路についた。

 たった2キロ程度の道のりが、いやに長く感じられた。


 自宅の前に着くと、ようやく俺は安心して、部屋の鍵を開ける。


「ただいま……」

「おかえりー! ん、ゆーた?」


 リリアンネが不思議そうな表情を浮かべ、俺を見る。確かに、普段とは違ってるだろうな。

 とはいえ、やることはやるつもりだ。


「夕食は……いるか?」

「んー……今日はいらないかも。ゆーたたち地球人と違って、食べなくても生きてはいけるし」

「そう、だったな」

「それよりも、ゆーた」


 リリアンネは、いつもより真剣なトーンで話しかけてくる。


「その様子だと……。礼香と、何かあったよね?」

「ああ。…………フってきた」


 俺は荷物を、どさりと床に落とす。

 今はただ、泣きじゃくりたい気分だ。礼香もきっと、同じ気持ちかもしれない。


 だとしても。俺のエゴであっても、胸から溢れ出る感情は止めようがなかった。


「お前に言われたときから、覚悟はしてたよ。礼香の気持ちと向き合って、その上で俺の気持ちもハッキリさせて……。でもよ! こんなつらいだなんて、思わなかったよチクショウ……!」


 わかってるんだ。誰かが聞けば、『お前がフったくせに、何を偉そうに』とか思うのは。

 俺の言ってることが、単なるわがままだってことも。


 それでも……!


「あいつの涙を見て、俺は胸を痛めた! 身近な人の恋心を断るのが、こんなにキツいなんてよ……クソ、クソ!」


 思考が、言葉がまとまらない。やり場のない怒りが、俺の心を満たし始める。


「俺は、あいつの幼馴染でいる資格は――」

「お疲れ様。よく、頑張ったね」


 と。ふわりと、俺の体が抱きしめられる。


「リリアンネ……?」

「勇太。あなたは、ちゃんと礼香の気持ちを受け止めて、その上で自分の気持ちをはっきりと伝えてきたんでしょ?」

「え……。なんで、わかる?」

「わかるよ。デートしているときの様子を見なくても、心を見なくても。真剣に、誠実に向き合ってきたことが、伝わってくるから」


 そうか……。心を読むまでもなく、伝わっていたか。俺がわかりやすい性格なのもあるだろうけど、やっぱりいつもと違うだろうからな。

 正直、悲しさと怒りが混じってる。誰に向けるもんでもないけど、とにかく、溢れて仕方がないんだ。今はただ、それを受け止めてほしい気分だ。


「いいよ。私に、全部話して。勇太の思いを全部、私にぶつけて」

「あぁっ……!」


 そんな俺にも、リリアンネはいつもと変わらず、優しい声で話しかけてくれる。

 俺はしばし、リリアンネの胸で泣いていた……。


     ***


 それからおよそ30分後。

 礼香の告白をフったことに関して、無我夢中でリリアンネに話していた。


 当のリリアンネは、いつになく真面目な様子で話を聞いてくれてた。俺が話せば話すほどに、心のつかえが取れていくような気がした。


 そして、ひとしきり話し終わったとき。リリアンネは柔らかい笑みを浮かべたまま、俺に告げた。


「やっぱり勇太は、誠実な人だったね。礼香の気持ちに、真剣に向かいあったんだもの。惚れ直しちゃう」


 その言葉は、俺を落ち着かせるには十分だった。


     ~~~


 さて、リリアンネに連れられるようにして、俺は入浴を済ませた。

 今日はさすがに混浴じゃなかったが、かなりぐいぐいきた。俺がいつも通りの気分に戻りつつあるのに合わせて、リリアンネもそうしたのだろう。エロさは控えめだけど。


 そして風呂から上がり、横になったとき――スマホに、メッセージが送られてきた。


 誰からだろう? 礼香か?

 気になって画面をのぞき込むと、そこには父さんのユーザー名とポップアップされたメッセージがあった。


 通知には、こう書かれていた。




『勇太、元気か? そろそろ、新年前の帰省に――』

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