第34話 デート当日~告白~

 無事に書店での買い物を済ませた俺たちは、コインロッカーを使うことにした。

 そろそろ荷物を重く感じていたところだ。こういう設備がきちんとあるは、さすが巨大ショッピングモールだと思っている。


 いったん身軽になった俺たちは、忘れないようにカレンダーにスケジュールとして『コインロッカー 取りに行く』と書いてから、モール内を散歩することにした。


「さて、どんな感じで回る?」

「スポーツ棟に行って、それから新しく建てられた連絡通路……かな」


 ああ。割と最近になって建てられたな、連絡通路。

 あそこは東京湾を一望できるから、デートスポットにもなってるんだ。ここからはちょっと歩くが、礼香の希望なら行かんわけにもいくまい。もともと、今日の買い物はデートだって認識してるからな。


「イイね。行くか」

「うん」


 礼香はちょっと照れた感じの表情を浮かべながら、俺の手を握ってくる。

 ……その手が震えているのを感じて、俺はある予感を浮かべた。


     ~~~


 スポーツ棟を通り抜け、連絡通路に向かう。

 やけに長い動く歩道を通って、途中にある休憩スペースに来た。そこからベランダに出て、備え付けのベンチに座る。


 俺の目に映るは、沈む夕日に、東京湾。

 陳腐ちんぷな言い方だが、これがロマンティックな風景ってもんだ。


「綺麗だね、夕日」

「だな。ずっと見てたいくらいだぜ」


 ……きた。

 リリアンネの言ってた、“覚悟”をする時だ。


「……あのね、勇太」

「何だ」


 声が震えている。だろうな、礼香。

 告白ってのは、緊張するもんだ。俺はやったことがないが、エロゲーで散々知ってるし……それに、これから同じことを、別の相手にやるだろうからな。


 なんて思いつつも、ちゃんと礼香の話には耳を傾ける。

 断ることは決めているが、全部聞いて、言葉を受け止めた上ででないと、お互い余計なもんを残すからな。


「私、好きな人いるんだ」

「そうか。誰だ?」


 俺の予想を超えて、ガチガチに緊張している。

 たぶん俺も、いずれこうなるんだろう。結果がわかりきっていたとしても、告白するときは不安なもんだ。


 と、息継ぎの音が聞こえた。話を聞くモードに入る。


「その人はずっと、近くにいてくれてさ。力持ちで、いつも優しくて、笑顔が眩しいの」

「へえ。いい奴じゃねぇか。誰だ?」

「…………その人がね、勇太だって言ったらさ。驚く?」


 いよいよ、だ。

 いよいよ、俺は礼香に、彼女にとってとても残念な結果を伝えなきゃならない。


 俺はなるべく自然な感じの声になるように、礼香に返した。


「……あー、正直、ちょっと驚きだな。まさか、俺が好きだったなんて」


 悪いな。リリアンネから聞いてもうわかっちまってんだ、俺は。


「そっか。意外と気づかないよね、身近な人からの恋って」

「ああ」

「でも、私は勇太が好きなの。ずっと、ね」

「ずっと……」

「うん。高校のときには、もう異性として見てたかな」


 なんてこった。俺がここまでニブかったとは。

 確かにリリアンネの言うとおり、だったな。


「それでね。言いたいことがあるの」

「何だ?」


 とはいえ、ここまで状況が進んじゃあ、さすがにわかっちまう。つーか、もうわかってる。

 と、礼香が立ち上がって、俺に向けて頭を下げてきた。


「ねえ、勇太。私は、あなたのことが大好きです。付き合ってください」


 いつになく真剣な、その一言。

 俺はしっかり聞き届けてから、返そうとする。


 だが。喉まで出かかっているのに、幼馴染であるという感情が、断るのを難しくする。俺にあるやさしさが、断るのを止めにかかる。


 それでも。それでも、リリアンネの姿を思い浮かべる。

 この関係を清算するために。きれいさっぱり、礼香をフるために。


 大きく、深呼吸する。吸って、吐いてを一度、二度。


 もう、覚悟はできた。あとは、言葉にするだけだ。


「……ごめん、礼香。お前のその気持ちは嬉しいけど、受け取ることはできない」


 言った。言ってしまった。

 長い長い沈黙が、俺たちの周囲に満ちる。


 朝の買い物とは比較にならないほどの長さの、沈黙。ただ音が無いだけなのに、俺を殺しにかかるような、そんな重圧を感じる。

 濃密な、無音。


 それを破ったのは、礼香の一言だった。


「……もしかして、リリアンネさん?」


 さすが、俺の幼馴染だ。察しはついていた、ってワケか。


「ああ」


 誤魔化す必要はない。俺は素直に、そう答える。


「そっか。やっぱりな、とは思ってたけど」


 俺の答えに、礼香は恨むでもなく、ただぽつりと感想をもらすようにつぶやく。


「あはは……やっぱり、美人だったからなぁ。勝てなかったか」

「ッ……」


 俺はフォローしようとして、慌てて口をつぐむ。

 今は何を言っても、礼香には響かないだろうから。どれほど優しい言葉をかけても、俺に拒絶された礼香の心は落ち着かないだろうから。


「それが勇太の気持ち、なんだから。私はもう、受け入れるしかないよね……」


 目の前で涙を流す礼香を見て、俺は奥歯を噛みしめる。

 まさか、拒絶がこんなに辛いことだったなんて。




 夕陽が沈んだ空が、いつもよりも暗く感じられた。

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