第30話 デート当日、その1

 そして、翌朝。

 俺は先に起きて朝食を用意しつつ、リリアンネを起こした。


「起きろ。朝食、できたぞ」

「ん……おはよう」


 いつも通りの風景だ。

 だが、今日はいつも通りの気分ではいられない。


 そう。今日は、礼香とのデートの日だ。


 気持ちとしては、それなりにノっている。朝食をかきこんで食べるくらいには。少々下品ではあるが、急ぐ気分にはなった。――あるいは急ぐ理由は、早く終わらせてリリアンネとイチャつきたいという私欲まみれの願望もあるのだろうが。


「ごちそうさま」


 朝食の会話もそこそこに、俺は食器を片づける。

 今日は食洗機に放り込んで、身支度だ。


「ね、ゆーた」


 しばらく時間を潰していると、リリアンネが近づいてきた。


「どした?」

「楽しんでね」


 相変わらずの笑顔だ。底抜けの明るさだな。

 だが、おかげで俺の気持ちは楽になった。まったく、いつも救われてばかりだよ、俺は。


「ああ。行ってくる。礼香の気持ちを受け止めてくるさ」

「行ってらっしゃい。待ってるね」


 力強く宣誓すると、俺は玄関から外に出た。


     ***


「うわ、さみい」


 冬真っ盛りだ。防寒対策をバッチリしてきたものの、顔には冷気が突き刺さる。家から一歩出ただけでこれだ。

 まったく、デートの場所が幕浪市内で助かったぜ。1年以上も過ごしているからすっかり馴染み深い場所になったけど、やっぱりデートスポットだもんな、ここは。


 とりあえず、駅前で時間をつぶすか。さて――


「離せ! 俺が何したってんだ!」


 ん、あのオヤジ。リリアンネにぶつかろうとした奴じゃないか。近くには女性もいる。礼香じゃあないな。

 おおかた、痴漢か何かでとっ捕まったんだろう。因果応報というか何というか、だ。


 俺は「お疲れ様」と、そして「ざまあみろ」と、心の中で思った。

 リリアンネに痴漢しようとしたんだ。いい気味だぜ、まったく。エロいことしたいんだったら、エロゲーで満足するかそういうお店に行くか、あるいは恋人を作れってんだ。


 さて、そろそろ待ち合わせの時間だ。

 スマホを取り出すと、礼香にメッセージを送る。


『今どこにいる?』

「おーい! 勇太ー!」


 この声は!

 俺が振り向くと、礼香が手を振りながら近づいてくる。


 うーん、いつもより化粧に気合い入ってるな。手の入れ具合も多く見えるけど、何というか、美人に見える。元々の素地そじがいいから、なんだろうけどな。

 本当はリリアンネがより美人なんだが、それは今日は封印しよう。


「おう、礼香!」

「はぁはぁ……ごめん、待たせた?」

「いや、今来たところだ」


 本当は違うが、ここはちょっとばかりカッコつけるタイミングだ。それに、実際そこまで長く待ってない。


 ともあれ礼香は安心したような表情で、俺の隣まできた。

 おずおずと手を出してくるのを、俺はそっと握り返す。


「……」


 恥ずかしそうにする礼香。ま、嬉しい気持ちはわかるよ。

 それに、俺としても、このくらいならしてもいいさ。


「それじゃ、行くか。買い物に」

「うん!」




 やや上ずった礼香の返事を聞き届け、俺たちは巨大ショッピングモールに向かった。

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