第2話 なし崩しと欲望

「あの」


 ややあって、自失から立ち直った俺は女性に質問を投げかける。


「なに?」

「ずっと……と、言いましたか?」

「うん」


 いつからかは分からないけど、俺はずっと彼女に見られていたのか。


「この姿でいるのが証拠だよ。あなたが好きな女性。でしょ?」


 確かに、俺が好きなエロゲーのメインヒロイン――愛称じゃリリーって呼んでる――に瓜二つだった。

 理解が追い付く出来事をきっかけに、一気に頭が冷えていく。


「なら、2年前にはもう俺を……」

「うん。とっくに知ってたよ。てゆーか、2年前どころじゃなくて、君が赤ちゃんの頃から」

「赤ちゃん!? 嘘だぁ!」


 素っ頓狂な声を出してしまった。

 待て、10代後半にしか見えない設定のキャラの見た目で、20の俺を赤ちゃんから知ってるって……!


「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 20歳の俺を赤ちゃんから、知ってるって……。あんたいったい、何歳なんだよ!? なぁ、教えてくれ!」

「それは秘密。言っても信じてくれないだろうし」


 はぐらかされた。当然だ。

 つーか後から思ったのだが、よく怒られなかったな俺。


「それよりも、さ」


 女性は今までの話の流れを断ち切って、別の話を持ち掛ける。


「今日、ちょっとゆーたのお家に泊めてくれないかな? 一晩でいいから」

「それは……」


 反射で拒否しようとして、思い直す。


 彼女はさっき、「遠い星から来た」と言っていた。

 そういえば俺が今通っている大学は元々、異星人について真剣に学ぶために通ってるんだった。

 オカルトなんかじゃなく、れっきとした学問として。異星人の実在するこの世界で、一度直接その姿を見てみたいというのが夢だった。


 それに、リリアンネに瓜二つなその顔。

 別人だとわかっていても、これほどの美少女を放置できるものだろうか。いや、できない。男として、それはできない!

 しかも、ここで突っぱねたら……一生、後悔しそうだ。それは嫌だ。だったら、なるようになれってやつしかない!


 葛藤の末、俺は決断を下す。


「よっしゃ、やってやる!」

「ん?」

「いいですよ。俺の部屋でよければ、好きに使ってくれってもんです」

「うふふ。ありがとう」


 また、ドキッとしてしまった。人違いというか何というかではあるが、仮にもあのリリーが俺にほほ笑んでいるのだ。

 一人の男として、そしてリリーを愛する一人のオタクとして。これは浮かれないはずがないッ!!


「こちらこそ!」

「わっ、びっくりした」


 おっと、つい嬉しさが爆発してしまった。


「失礼しました。そういえば、まだ貴女の名前を聞いていなかったですね。俺は……多分もう知ってるでしょうけど、士道勇太です」

「ふふっ。ちゃんと知ってるよ、ゆーた。そうね……」


 一拍ほど呼吸を挟んでから、女性が名乗る。


「私はリリアンネ・アーデ・アークティア。えっと、その……よろしく、ね?」


 と、俺の浮かれは一気に吹っ飛ぶ。


「リリアンネ・アーデ!?」

「そうだよ?」


 なんてこった。リリアンネ・アーデと言ったら、エロゲーのキャラそのまんまじゃないか!!


「あのリリアンネ・アーデ、なのか……!? 偶然じゃあ、ないよな!?」

「そうだってば。私、ゆーたの好きなゲームのキャラだからこの名前にしたの」


 ……そうだった。彼女はずっと俺を見ていたんだった。

 じゃあエロゲーやってる場所も、エロゲーのキャラとかも、全部バッチリ見られてたのかよぉ……。ショック。


「どうしたの?」

「いや、まさか俺の推してるキャラまで把握されてたなんて……」

「それはね。壁紙にベタベタ貼り付けてたら、『あ、好きなんだなきっと』くらいは思うよ」

「とほほ……」


 すっかり筒抜けだった……!

 生まれたときからずっと見られていると言われれば、確かにその通りでしかない。けどそれを差し引いても、やっぱりショックだった。私生活の恥ずかしいところが、丸見えだ。


「ね、ね。すっごい落ち込んでるとこ悪いんだけどさ、ゆーたの家まで案内してよ」

「家の場所なら、もうとっくに分かってると思いますけど?」

「そうだよ。けどさ、ゆーたと一緒に行ってみたいの。ダメ?」

「ダメ……じゃあない、です」


 リリーの声で言われると、この先彼女リリアンネの頼み事を何でも許してしまいそうだ。あ……声。

 そうだ。妙に警戒心が湧かないと思ったら、リリーの声だった。


 本当に彼女は、リリーを模して……いや、生き写してしまったのだろうか?


「ゆーた……ショック受けすぎだよ?」

「いったい誰のせいだ、誰の……」


 悪態をつくと、かえって気持ちに整理が着いた。

 いくつかある帰り道のパターンを考え、そして決めた。


「ともかく、帰りますよ。いや、貴女にとっては案内ですかね。近くですから、ついてきてください」

「もちろんだよー。うふふ、ゆーたのおうち、ゆーたのおうち……」


 期待感が溢れすぎて笑みが止まらないリリー、いやリリアンネを背後に、俺は今度こそ帰路につくのであった。




 これ……俺、いったいどうなるんだろうな?

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