二十、 終章

1.

 儀式のための装飾品を身につけて、紅を塗り、カムラはため息をこぼした。

「気を落とさないで……っていうのはムリだね」

 着替えを手伝っていた女性が、カムラにつられて悲しそうな顔を見せた。

「でも山の女なら泣いてはいけないよ。笑顔で見送らなくちゃ」

 ぽんと背中を押す。

「そうですね」

 カムラは晴れぬ顔のまま微笑みを作った。

 やがてザーイムが迎えにやってきて、道の途中で他の村人と合流し、広場にたどり着くと輪の中に加わった。

 皆が集まると、頃合いを見計らったようにアルナーサフと神獣カラカルが姿を現す。神獣は朝日に照らされ、いっそうの輝きを放っていた。人々は彼らを前に跪き、頭を垂れ歓迎した。

 そして儀式が始った。

 急ごしらえの祭壇に山の神への供物がそろい、着飾った女たちは燃え盛る炎を囲み踊りを捧げる。

 その中にあって、カムラはこぼれそうになる涙を必死にこらえていた。

「そろそろヴァールを連れてくるか」

 カムラの様子を見つめていたザーイムが、誰にともなく声がけをした。

 村人たちは顔を見合わせて、それならカムラがと背中を押した。

「一人で、最後のお別れに行っておいで。私たちは邪魔しないようにここで待っているよ」

「ですが……」

「みなの言う通りじゃ。カムラよ行って参れ」

 村人に加え、アルナーサフがそう言うので、カムラは重い足どりで小屋に向かった。

 カムラの背中を見送りながら誰かが気づく。

「あれ。そういえば、石読みの娘はどこに行ったんだ?」

 辺りをぐるっと見まわしても、ビルカの姿は見当たらなかった。




 ヴァールがこの村に来てから、どれくらいの時間が流れただろう。彼が来る前はあの小屋はどんなだっただろう。これからはどう使われるのだろう。そんなことを考えながら。カムラは坂道を登る。

 カムラの歩幅に合わせるように、ゆっくり登る足音が重なる。

「本当に一人ってのも、寂しいかと思ってさ」

 尋ねてもいないのに、ザーイムが言い訳をする。カムラは少し笑って礼を述べた。

「安心しろ。俺は外で待っているからさ」

 ザーイムの言葉にカムラはもう一度「ありがとう」と小さく言った。

 心を決めるように、カムラは一歩一歩を確かめながら小屋への道を歩いた。

 目の前に来て、一呼吸をおく。

 そっと扉に触れると、その奥にある顔が、日々の思い出が浮かんできて、抑えていた感情が今にもあふれそうになってきた。

 ザーイムは何も言わずに肩に手を置いた。

 本当にそれだけで、何も口にはしない。

 カムラはザーイムの手に手を重ね、もう大丈夫と告げた。

 そしてそっと扉を開いた。

「ヴァール様。…………ヴァール様?」

 そこにヴァールの姿はなかった。


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