2.

 ビルカの着替えを手伝って、持参した軽めの食事を与えて、彼の後を追うようにと送り出した。しかしすぐに呼び戻して、彼にあまり迷惑をかけてはいけませんよと念を押す。

 わかったのか、わからないのか。どちらともとれる笑顔で、ビルカは再度出発した。

 そうしてカムラは、ぽつりと一人になった。

 突然に緊張はほどけ、緩んだ部分に寂しさや悲しさといったこの部屋の静寂に寄り添った感情が入り込んできた。

 そっと窓を見る。

 この村に、この家に帝都のようなまともなガラスがなくて良かったと心底思った。波打ち、歪んで、身だしなみの確認もできぬようなガラス窓で良かったと。

「もしも、昔のことを話している時のご自分の眼差しに気づいていらっしゃったら」

 もしもこのガラスが、鮮明にヴァールの表情を映していたのなら。

 カムラはふと視界に入った、あのブリキの眼鏡ケースに手を伸ばした。恐る恐る指先で触れてから、優しく包み込む。

「きっとここへ帰ってきますよね。……きっと帰って来て下さいませ」

 カムラはケースを大切に抱えるように、そして何かにすがり祈るように細い指を握り合わせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る