3.

「イキャクのみずうみというのは、あれか? 例の、記憶が溶けるという、あれか?」

「ああ」

「ではついにワタシの石と対面というわけだな!もうできているんだろ?」

「たぶんな」

「そうかそうか! それは楽しみだ! ワタシの石はどんな色をしているだろう」

「黒だろ」

「赤とか青とか、金色かもしれないぞ」

「いや、黒だ」

 追憶の石はもれなく黒色だ。

「ふん。ならば黒でいい。しかし! 大きくてキラッキラのがいいぞ!!」

「……少し黙っていろ」

 湖に向かっている理由などつゆ知らずビルカははしゃぐ。

 対してヴァールは複雑な心境であった。

 山道をともに歩くのもこれが最後かもしれない。そう思うと清々しさがあった。この実に気の進まない山道の往復さえ済ませれば、何をするでもない日常が戻ってくるのだ。だがそう思うのと同時に、晴れきらぬ心のもやにも気づいてた。

 ヴァールの思惑通りビルカが去るということは、つまりまた一人、湖の恩恵を受け山を下りていく者の背を見送るということだ。そこには村人たちのような餞の気持ちなどない。あるのは惨めさ。それだけだ。

 砂混じりの砂利の道を歩きながら、そんな後ろ向きな感情に支配されそうになった。それでもヴァールは足を止めなかった。それはヴァールのためでもあり、そしてビルカのためでもある。

「なあ、ヴァール!! 昼ごはんを持ってきたのか? なに? さっき食べただろ、だと? 何を言っている。さっきのは朝ごはんだぞ。起きてすぐ食べるのが朝ごはんで、その次が昼だ。太陽の高さなど関係ないぞ! ……しかしもう少しすると日が暮れるのか。困ったな。昼ごはんを食べる前に夜ごはんの時間が来てしまうぞ。ヴァール!早く昼ごはんを食べるのだ!」

 無邪気なビルカの声が響く度、底抜けに明るい笑顔が見える度、ヴァールはつとめて一歩を強く大きく踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る