5.

 混乱から覚めたカムラは、追われるように帰っていった。

 彼女の家も例にもれず、冬への準備が遅れているらしい。特にカムラは毎日のようにビルカに同行していたのだからムリもない。

 いかにも『後ろ髪引かれる』といったような顔をしながら、急ぎ足で戻っていった。

 ヴァールは一人になった。

 料理をするのではなく、家の前に座り込む。ぽかぽかと暖かい陽射しを浴び、何をするでもなく過ごす。

 少し離れたところで行われる、騒がしい集まりが目に入る。飽きもせず行われる、石読みの儀式。強い光が放たれる度に厭でも目が向く。

 ビルカによると石を触ったと同時に『ぴかっ』となってやがて『ぐるぐる』が始って、目まぐるしく見える景色が変わるのだそうだ。それは、死の間際に見るという走馬燈のようなものなのだろうか。良いこと悪いこと。微笑ましい内容、思わず目をそらしたくなる内容。見えるシーンは順番もそれぞれのボリュームも、何もかもが不規則に流れるそうだ。

 どんな内容だったかは見終えたビルカの顔つきでなんとなくわかった。悲しそうな、苦しそうな表情がよぎることもあった。だがビルカは石を見るとそのあとは一様に目を輝かせ、「どの石もキレイだ! キラキラがいっぱいだ!」と感嘆の声を上げた。そして次の石を欲しがった。

 よくやるものだと、ヴァールは思った。

 まったく不安はないのだろうか。何も考えていないのだろうか。石を読むということがどういうことかを。

 少女が石を見ると、大人たちは驚いたり感心したり、とにかく少女の力を褒めそやす。そして、これから大変だろうが頑張るんだぞと付け加えた。大人たちは知っているのだ。石とは何であるかを。石を読むということがどういうことかを。その力が少女に何をもたらすかを。それなのに物珍しさのあまり、こうして石を持って集まってくるのだ。

 大人たちが言うことの意味を理解できなかったようでビルカは一度は首を傾げてみせるが、すぐに笑顔を見せた。

「いつかワタシの石を見るとき、どんなぐるぐるが見えるんだろうな。楽しみだ!」

 本当に眩しいばかりの笑顔だった。

 少女はまだ石を知らない。

「あ! ヴァール、何をしている!」

 笑顔が驚きに変わり、間もなく怒りへと転じる。

「さぼってはダメだぞ! 早くメシを作るんだぞ! じゃないと」

 ビルカは山牛のごとく地を蹴りながら身構える。構えた姿を見ただけだというのに、ヴァールは脇腹の辺りがズキリと痛むのを感じた。

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