六、 石読み
1.
久しぶりに、その夢を見た。
もう呼ばれることのない名前で、もう使われることのない肩書きで自分を呼ぶ声がした。
闇をかき分け進んだのはほんの一瞬で、すぐに景色が、顔が、声が、匂いがヴァールの身を包んだ。
そうだ。
地に這いつくばった男は、自分に向かって手を伸ばしていた。助けてくれと懇願し、ヴァールを信じて手を伸ばしていた。
血のにおい。うめき声。
集落の家々が燃え盛る。その場に充満しているはずのきな臭さよりも、焼けた家が崩れる音よりも、銃声よりも、目の前の男の顔や体に付着した血のにおいが鼻につき、ただそうしているだけでもれるうめき声が耳に残った。
これはなんだ、と呟いた。
そう呟く間すら惜しむように、男に向けて手を突き出す。
それは救うための手であったはずなのに、なぜだか武器が握られていた。銃が、当然のように自分の手の中におさまっていた。
そんなものを持っていたら、彼を、彼らを救うことができないじゃないか。
そう思い銃を手放そうとするのだが、離れるどころか、右腕が指がヴァールの意志に従わず、男の顔に銃身を重ねた。
これで何人だ。
これで全員か。
人差し指にゆっくり力が込められる。
すがる手をなんとか掲げたままでいる男は、どんな顔をしていたか。
わからない。
わからないが、声が聞こえた。
「中尉! ハイムヴェー中尉! ……ヴァール=ハイムヴェー中尉」
もう呼ばれることのない名で、もう呼んでくれることのない声で、自分を責める声が聞こえた。
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