五、 水たまり
1.
「ヨマヨイビトとはなんだ」
「さあな」
「いきものか? 食いものか?」
「どうだろうな」
「ウマイのか?」
「うまいかもな」
「やはり食べられるのか! 食べていいのか! ……で、ヨマヨイビトとはいったい何ものなのだ?」
そんな会話を繰り返すこと数十分。
陽射しがじりじりと強くなり始めたころに、ワアダの町へ到着した。カナズよりいくらか標高を下げたところに作られた谷底の町だ。
町に入るなり、名物の市場が開かれている広場へと駆け出そうとしたビルカの体をつかまえて、有無を言わさず町外れに連行する。
簡素な木組みの小屋の、簡素な扉の前で解放してやると、少女の関心はすでに目の前の建物へと移っていた。
「ここはなんだ? ウマイものがあるところか?」
衣裳の乱れを整えながら問う少女。
不安という言葉を知らないのか、好奇心と期待で輝く瞳でヴァールを見上げる。その眼差しだけでもヴァールには鬱陶しく迷惑であるのに、これでもかと繰り返される食べ物の話はそれ以上にヴァールを苦しめる。少女にのせいで朝食を食いっぱぐれ空腹の状態で家を出たはずなのに、ワアダに着く頃には、道中聞かされ続けた食べ物の話で腹いっぱいを通り越し胃もたれを起こしていた。
「いいから入れ」
ヴァールはみぞおちの辺りをさすりながら、少女を建物の中へと押し込んだ。少女が何か叫んでいた用だがまったく気にしない。
すぐにはあとに続かず、一歩立ち止まって呼吸を整える。ただ山道を歩いただけなのにこの疲労はなんだろう。ワアダに入ったらすぐに終わると思ったのに、いつまでもついてくるから、結局最後まで案内することになった。苦々しく思いながらも、間もなく子守も終わりだと自分に言い聞かせ扉の奥へと向かった。
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