四、 ヴァール=ハイムヴェー Ⅰ
・
直近の戦争は、開戦から二つ目の満月を待たずに終わった。
ようやく各国の軍に本格的に導入され始めた【
もう一つとして挙げられるのは、帝国軍にヴァール=ハイムヴェーという男がいたことだ。子のことについて、当事者である両国において異論を唱えるものはいない。
十年前に、
その一端として絶大な存在感を示していたのが、ヴァール=ハイムヴェーと士官学校時代からの彼の友人であるクレーエ=アインザムの二人だった。
「おめでとう。中尉に昇進だって?」
「何がめでたいものか。この怪我のせいで、しばらくは
ヴァールはそう言って包帯の巻かれた左足と、少々赤くなった目の辺りを指差した。じっとしていられなくて、愛機の手入れでもしようと駐機場に出たなら、「怪我人はじっとしていてください」と機体に触れることも許されない。それで抗議の意味も含めて、整備の様子をじっと眺めているのだ。
「上は、受勲の式典までに包帯をはずせるまで回復させろと」
悪態をつくと、悪友クレーエは口もとを隠して笑った。
「上とはそういうものさ。それより、君のことを祝ってやったのだから、今度は僕のことも祝ってはくれないか? なんと、僕も昇進だ」
「知っている」
「僕は大尉への二階級特進だ」
得意げに胸を張る。切ったばかりの前髪がさらさらとこぼれた。切ったばかりだというのに、軍人には珍しい長めの長さで、しかも固めぬままの無雑作な髪型のせいか、少々やぼったく見える。
その前髪に隠れるか隠れないかというところで、切れ長の目が鋭く光を放っていた。
「ずいぶんな出世だな。死んでもいないし、死ぬ気で戦ってもいないのにな」
そう言うとクレーエはわざとらしく大きな身振りで肩をすくめてみせる。
「人から見えぬところで努力しているのさ」
「綺麗な努力なら良いが」
「努力にキレイもなにもないだろ?」
「そうか」
「そうさ」
クレーエはにんまり笑う。
「君が休んでる間に、僕はもっともっと偉くなるぞ」
「まあ頑張るんだな」
「ああ。頑張るさ。君は――少し休んで、完全に回復して戻っておいで」
「言われんでも、そうする」
「そうしてくれないと困る。僕が偉くなった時、君がいなければ困るからね」
「頼りになる同期だからか?」
「そんなくだらないものが何になる」
そうだった。とヴァールは笑う。クレーエが友情や血縁や義理などといったものを何より軽んじていることは、近くで見てきたヴァールが一番良く知っていた。
そんな力だけを信じる男が、ヴァールの顔を真っ直ぐ見据え、珍しく真面目な顔で言う。
「君が至高の戦闘機乗りだから言うんだ。撃墜王だから必要なんだ」
悪びれもせず、さらりと言ってのける。
その態度にヴァールは息を漏らすように小さく笑った。
数日後、上司の命令通り包帯はおろか、一つの傷跡も人目にさらさぬ完璧な姿で、ヴァール=ハイムヴェーは民衆の前に立った。
一人の帝国軍中尉としてではなく。
新たな戦争の形と言われた一戦を、勝利に導いた英雄として。
しかし、その後、彼が表舞台に姿を現すことはなかった。
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