第二話 大どんでん返しと叙述トリック

 見事に騙されてしまったからだろう。サツキの頬は風船のように膨らませていた。せっかく宿題が半減するチャンスだったのに、と言いたげに俺を睨みつける。まあ、授業料として受け取ってあげよう。全く、可愛げがあってよろしい。


「さ、休憩はここまでに、さっさと宿題を終わらせるん――」

「ねぇ、質問があるんだけどさ」

 ぶっきら棒に、サツキが遮る。


「そもそも“叙述”って何のことなの?」

 ……そこから話さないといけないのか。

「……ねぇ、何で黙ってるの」

「いや、別に」

 あまりに稚拙な質問に、俺は少し呆然としてしまっただけだ。


「こほん……叙述は文章を使って物語を作ることだ。つまり、さっきみたいに文章を削ったり、プロットを工夫したりして読者“のみ”を騙そうとする、そんなトリックだ」

「なんでそんなに棒読みなの」

「だから叙述トリックを用いる時、基本的に不自然さが残る。

『読者のみを騙さなければいけないからこそ、露骨な証拠が残るわけだ』。これをいかに読者に悟らせないかにかかっている」

「――……」

「それと、結構混同されがちだが、結末を二転三転させる手法である大どんでん返しと叙述トリックによる読者の裏切りは微妙に違う。

 前者は軽い伏線を入れ、結末でとんでもない事実が掘り出されるからこそ読者は驚愕する一方、叙述トリックによるものは、見破れるように伏線が散りばめられていなければならない。伏線なしの小説なんてご都合主義の塊でしかないからな」

「……」

「ちなみにサツキが買ってきた『アクロイド殺害事件(改題:アクロイド殺し)』という推理小説、これについては今でもフェア・アンフェア論争が続いている。争点は伏線があるか、否かでずっと不毛な言い争いをしている。まあ、どちらにしても『それ』は名作だし」

 と、俺はいったん言葉を切って、途中から黙っているサツキを見た。

「……ぐう」


 寝てるし。

 俺はサツキに声をかけたが、反応しない。うつらうつらとしている顔がムカついたので、こたつの中で長くなった足を蹴った。呻き、慌てて飛び起きる。


「えーと、つまるところ叙述トリックは現実世界でも起きるってことだね!」

 ……こいつ、俺の話聞いてないだろ。

「だから叙述トリックは文章中、つまりは小説内でしか成立しないって言ってるだろ」

「じゃあ、学期末テストは?」

「消せないね。小説だとどうせ結末ですべてばれちまうし」

「ふーん、つまんないの。テレビでやってる消費税とかは?」

「へえ、サツキのくせにそんなの知ってるのか」


 実にサツキらしい発想だ。

 嫌なことは頭の片隅にでも隠したがる。中学生らしい発想だ。


 でも、確かに消費税のことは俺でも嫌だ。出費が増えるだけでいいことなんてありゃしない。いくら今の税収がいまいち安定しないからといって、あんな暴挙に出るなんて姑息もいいところだろう。まあ無事(?)可決されたけどな。

 全く、最近の政治家たちはいったい何を考えているのだろうか。

 新聞を斜め読みしても、奴らは全くどうでも良い議題に対して精を出しているらしい。百歩譲って与党はいいとしても、議論の邪魔ばかりしている今の野党は、一体何をやりたいんだ?

 いっそ、タバスコでもぶちまけてやりたい。そんな子供じみた嫌がらせが俺の頭にふと湧いた。


 ――と、


「ん?」

 カバンの中の携帯がブーブーとふるえた。

 何だろうかと手を突っ込んだ。取り出すときサツキに見られて、

「あ、最新機種だ。ずるいなー」という声が聞こえた。

 操作すると画面に「留守番電話が一件あります」と表示してある。母からだ。


 内容を再生してみると、興奮した母の声が耳をつんざく。うう、耳が……。

 耳を押さえながら言葉を拾っていくと、多分『いますぐテレビ、つけてみてよ!』と伝えたかったらしい。

「テレビ?」

 突然来た内容に釈然としない面持ちのまま、俺は部屋の主に一言入れてテレビにリモコンを向けた。




 ≪作者による挿入文≫

 実は、今まで読み進めてきた文章の中にも叙述トリックが仕掛けられていました。読み返し地点は、二つあります。ここと、もうちょっと先。


 サツキのように、叙述トリックに挑戦する方はここで読み返すことをおすすめします。叙述トリック初級者の方や、この手のトリックに騙されやすい方はもう少しだけ読んで、難易度を下げてもいいでしょう。


 ――さあ、続きをどうぞ。

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