57「レプシーと勇者の戦いです」③





 反撃の勇者が振り下ろそうとした大剣はレプシーの背後に飛んでいった。


「…………ぇ?」


 青年は声を出すこともできず、力も入らないことに気づく。

 なんとか現状を理解しようと目を動かした。


 奇跡的に動いた眼球が下を向き、自分の胸から下が消えてなくなっていることを知った。


 絶叫をあげたくともあげられない。


 痛みもなにもない。

 なにも感じなくなってくる。


 思考がまとまらない。

 なにをすべきか、つぎはなにをするべきなのか、どうすればいいのか、すべての疑問に答えが出ない。


 ――青年が最後に思考したのは、胸から下をすべて失ったと思ったが、足首は残っているというどうでもいいことだった。




 ■




「お前の名前など興味ない」


 レプシーは冷たく吐き捨てると、血に濡れた廊下を進んでいく。

 前方から騎士たちが走ってくるが、レプシーの背後に気づくと、踵を返して逃げていく。


 レプシーは歩みを止めない。

 止められるものもいない。


 敵対する者を全て殺し、逃げる者はひとりとして追わない。

 元魔王レプシー・ダニエルズの恐怖は、スノーデン王国の彼の名さえしらない者たちに深く刻まれた。






 ■





「おいおい! おいおい、まじかよ! 勇者がもう四人も死んじまったぞ!?」


 スノーデン王国王宮の一角で、酒の入ったグラスを手に持ち、机の足を乗せる三十代の男が笑う。


「なんつーか、弱いやつから順番に死んでくとか、なんだよそれ。笑えるぜ!」


 男の背後には、首輪をつけられて鎖に繋がれた少年少女が全裸で立たされている。

 羞恥を覚える以前に、寒さで震えているが、男は気にした様子もない。


「あんたさぁ、笑うのか驚くのかどちらかにしなさいよ。鬱陶しいわね」

「あんだと?」

「頭下げることしか脳のないサラリーマンだったくせに、異世界に来たら大物気取りとか見ていて痛々しいんだけど」

「……いい歳して動画配信して働きもしない寄生虫が好き勝手言ってくれるじゃねえか」

「……なんですって?」


 男と睨み合うのは、二十代半ばの女性だった。

 厚い化粧をした女性は、この国の貴族から奪い取った高価なドレスや、宝石が埋め込まれた指輪や首飾りをこれでもかと身につけている。

 過多に身につけた装飾品は重く、互いが重なりかちゃかちゃと安っぽい音を立てているが、本人は気にしていない。

 むしろ、これだけの装飾品を身につけることができる自分に酔っているようだ。


 ――男は聖鱗の勇者を名乗り、女は紅の勇者を名乗っていた。


 自称する二つ名はさておき、実力は勇者の中でも一、二を争う。

 両者とも攻撃に特化した力を持っていることから、スノーデン王国国王を自称するネイモン・スノーデンのお気に入りである。

 また、趣味があうのだろう。

 生まれた立場が違えど、友人のように親しくなっている。


「やめだ、やめ。俺とお前がやりあったらこの国が消えてなくなっちまう」

「そうね。こんな貧しい国に未練なんてないけれど、春になって国を手に入れるまでは我慢しないといけないわ。あーあ、もっと豊かな国がいいわね」

「俺は暖かい国がいいぜ」

「それはわかる!」


 睨み合っていたふたりだが、仲違いするつもりはないようだ。

 両者の力は同格であり、戦えばどちらかが死ぬだろう。

 ゆえに、ふたりは互いが気に入らずとも味方であり続けた方が得だと理解している。

 今のように言い合うくらいは、コミュニケーションでしかない。


「さて、と」


 男はグラスの酒を飲み干すと立ち上がる。


「あら、行くの?」

「さすがにこれ以上、勇者が殺されると俺たちの実力が疑われちまうじゃねえか。三下勇者を殺す力はあるだようだが、俺ほどじゃねえさ」

「早く殺してきてね。あ、いい男がいたら」

「そういうのは無しだ。壊して遊ぶのは奴隷だけにしておけ」

「はーい」


 鎖を掴んで少年少女を引き摺りながら、聖鱗の勇者はスノーデン王国を襲撃した愚か者を殺すために動いた。






 〜〜あとがき〜〜

 聖鱗の勇者とか、紅の勇者とかは、神に与えられた名やスノーデン王国での通り名ではなく、「自称」です!


 カドコミ様にて「いずれ最強に至る転生魔法使い」最新話(十八話)が更新されております! ぜひお読みいただけますと幸いです!

 最新コミック3巻も発売したてですので、ぜひぜひお読みいただけますと嬉しいです!

 何卒よろしくお願いいたします!

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