61「最後の聖女です」③




「――ギュンター様! まさかわたくしのことをそこまで想ってくださっていたなんて! こ、今夜はお赤飯ですわ!」


 感極まっているクリーに背を向けているギュンターの顔は、彼女にこそ見えなかったが、少しだけ、本当に少しだけだが、背後から見る夫の耳は赤かった。


「ギュンター様、ギュンター様!」

「何かな?」

「わたくし、感極まっているのですが、ここは真面目にしていたほうがいいですか? それともいつものようにでいいですか!? 後者の場合、嬉ションしてしまう可能性がございますが!」

「そろそろ真面目にするとしようかな! うん!」


 穴の空いた壁から這い出てきたアルフレッドに、ギュンターは、ごほん、と咳払いすると、ビシッと指を差した。


「悪巧みもほどほどにしておきたまえ。前回はヴァルザードを人質に取ったから僕は戦いをやめたかが、今は違う。どうやら何かしら特殊な肉体をしているようだが、殺さずとも動けなくすればいい」

「くっ、くははははっ! くひひひひっ、くひひひひひひひひひゅ!」


 余裕たっぷりなギュンターに、アルフレッドが壊れたように高笑いを始めた。

 これには、ギュンターもクリーも一歩引いてしまう。

 よだれを垂らしながら、一頻り笑い続けたアルフレッドは、狂ったような顔をして、楽しそうに口を開いた。


「――たった今、リーゼロッテ・シャイトを捕獲した」

「なんだと?」

「ま、まさか、リーゼ様が聖女なのですか!?」

「ふ、ふふ、ふ、違うさ。違うとも。聖女はサミュエル・シャイトとリーゼロッテ・シャイトの娘さ」

「……まさか、貴様」

「そう、リーゼロッテ・シャイトの腹にいる赤子だ!」

「――貴様……越えてはいけない一線を越えるのが好きらしい。生きて帰れると思うな」


 ギュンターが動こうとした瞬間だった。


「――な」


 窓を割って、もうひとりのアルフレッドが部屋の中に転がり込んできたのだ。

 硝子の破片を顔や腕に刺さりながら、気した様子もなくクリーを奪わんと手を伸ばす。

 ギュンターが腕を振るい、そんなアルフレッドを腕と首をへし折った。すると、アルフレッドの顔が消え、見知らぬ中年男性となる。


「なんだ、これは」

「代償魔法って知っているかい?」

「……随分、古い魔法を使うようだね」

「変態のくせに博識らしい。僕は代償魔法の使い手だ。今は、代償を捧げることで、僕を複製することができる。僕の思考を、視界を、聴覚を、嗅覚を、すべてを共有しているのさ。まあ、操り人形を使っていると思ってくれて構わないよ」

「それだけのことをして、何を代償に払っているのかな?」

「まさか! 僕が代償を払う必要はない。僕の写し身となった者の命を支払っているのさ。みんな喜んでいるよ。女神復活のための糧となれるのだからね!」

「狂信者め」

「変態よりはマシだよ。さて、ギュンター・イグナーツくん。君の妻を渡したまえ。僕は慈悲深いので、君は殺さないと約束しよう。ご家族にも、スカイ王国にも手を出さない」


 アルフレッドは両手を広げて、聖者のように穏やかな顔を向ける。


「僕がそんな要求を呑むと――」

「いいんだよ、別に。じゃあ、君のご両親を殺そう。ウォーカー伯爵家の人間でもいい。サミュエル・シャイトの妻でも、親しくしている使用人でも、なんだったらこの国の王でも王子でも、民でも構わない」

「…………」

「悩む時間は与えないよ。さあ、決断したまえ。すでにリーゼロッテ・シャイトを確保したと告げたはずだ。ひとり手に入れたのだから、彼女を人質にすれば、甘い君たちは差し出す以外の選択肢がない。霧島薫子も、ゾーイ・ストックウェルも時間の問題で、全て僕のもとに集まるだろう」


 ギュンターは高笑いを続けるアルフレッドを殺そうと考えた。

 代償魔法に関しての詳細まではわからないが、元を潰してしまえば、他の場所にいるアルフレッドが死ぬ可能性は高い。

 だが、目の前にいるアルフレッドが本体かどうかわからず、二の足を踏んでしまう。

 仕留め損ねたら、最悪の事態になりかねない。


(――すまない、サム、ウルリーケ。僕は大切なものが増えすぎて弱くなってしまった)


「いいでしょう! このクリー! あなたについていきますわ!」


 ギュンターが唇を噛み締めた時、クリーが堂々とそう言い放った。





 〜〜あとがき〜〜

 次回から、ギュンターの秘密が明かされます。


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