エピローグ「カリアンもびっくりのようです」
神聖ディザイア国大聖堂の一角に、枢機卿であると同時に神聖ディザイア国の表の代表でもあるカリアン・ショーンの執務室があった。
「お前の娘……やってくれたぞ。まさか、聖騎士とあろう者が勝手にスカイ王国へ赴くとは……」
「困ったことになりましたね」
同じ枢機卿であるディード・ブキャナンの苦言に、柔和な笑みを浮かべたカリアンが肩をすくめた。
ディードはカリアンの友人であり、年齢も近い。
枢機卿の中で最も長けている。聖力ではカリアン。戦闘能力ではディードと言われている。
若い頃は切磋琢磨すると同時にライバルであったので戦ったことはあったが、どちらが強いかは現在もはっきりしていない。
ふたりは女神を信仰する者であり、どちらが強いかなど興味がないのだ。
「よりによってスカイ王国だ! かつては賢王クライド・アイル・スカイとその先祖たちによって魔王レプシー・ダニエルズ封じられていた、俺たちも尊敬する国だったが、今ではどうだ! 見る面影もない!」
「情報は届いています。今では、魔王と準魔王、竜までもが暮らす愉快な国だと」
「愉快で済まされるものか! 邪竜エヴァンジェリン・アラヒーに至っては、女神を名乗る始末だ! 呪われた魔王の分際で、女神を名乗るなど侮辱にも程がある」
きっとこの場にエヴァンジェリンがいたら「私は悪くねぇ!」と言いそうだが、残念ながら彼女はここにいなかった。
スカイ王国は魔王レプシーを封じていた国であったが、サミュエル・シャイトの登場によって、大きく変化していった。
レプシーは倒され、魔王と交流を持ち、果てにはサミュエル・シャイトが魔王と化している。
何百年も新しい魔王が生まれなかっただけに、彼の存在は無視できない。
「まさかショーンの孫が魔王になるとは思わなかった」
「私も同感です」
「本当なら、メラニーと一緒にこの国に連れてきてやりたかったが、それはもうできない。覚悟しておけ。来るべき日が訪れたら、魔王はすべて殺す」
「もちろん承知しています。私たちの世代で、それを成し遂げることができればよいと思っていますよ」
「……まあ、お前にも同情しているがな。まさか生き別れた娘の子が魔王にならずともいいだろうに」
「運命は時に残酷な試練を与える物ですよ。我々は女神の期待通りに乗り越えていくだけです」
ディード他枢機卿たちは、サミュエル・シャイトがカリアンの孫であることは知っている。
知りながら、心配していなかった。
信仰心の厚いカリアンが、魔王とのなった孫の命欲しさに女神を裏切ることはないと誰もが理解しているのだ。
その最たる理由は、かつて聖女であったカリアンの妻が女神に命を捧げたことだ。
いくら信仰心が厚くとも、最愛の人を失えば、揺らいでしまう。
しかし、カリアンは違った。
愛した妻が命を捧げたからこそ、より女神を信仰した。
敬虔な信者たちが、枢機卿たちが、聖騎士が、誰もが尊敬と感服をした相手こそ、カリアン・ショーンだった。
「……にしても、マクナマラを迎えに行くか?」
「ご心配なく。きっと自分の足で帰ってくるでしょう」
「スカイ王国には、マクナマラな執着している魔王遠藤友也がいるらしいぞ。今まで何人も魔王がいたが、奴ほど変態な魔王は見たことがない。魔族とか関係ないしに危険な奴だ」
「彼の変態行為も恐ろしいですが、それよりもまともに戦わない、戦っても滅多に本気を出していないことでしょう。私には彼の力がわからないのが怖い」
「俺は奴の変態性が怖いがな」
「……否定はしません」
カリアンは、ふ、とスカイ王国に向かった娘が心配になった。
聖騎士でありながら、立場を放棄した行動はあとで追求されるだろう。
生き別れの妹が生きていたとわかったとはいえ、おいそれと聖騎士が魔王がいる国へ足を運んで良いわけではない。
枢機卿として、娘の短慮を案じた。
だが、父親として、まだ未婚の娘がいやらしいことで有名な変態魔王に弄ばれてしまうのではないかと気が気ではない。
「魔王遠藤友也はさておき、同じくスカイ王国にいると聞いている準魔王ゾーイ・ストックウェル、ジェーン・エイドあたりは魔族でも常識があるようですので、彼女たちが対処してくれることに期待しましょう」
「……そうなるといいがな」
ちなみに、ゾーイもジェーンも現在王都にはいないが、カリアンたちはそのことを知らない。
「――シェーン枢機卿様! いらっしゃいますか!」
「おや?」
ディードと話をしていると、聞き覚えのある騎士の声が部屋の外から聞こえた。
「いますよ。どうぞ」
「失礼します! これは、ブキャナン枢機卿様も……ご歓談中に失礼致します」
「構いませんよ、慌てているようですがなにかありましたか?」
騎士は、カリアンに促され、背筋を伸ばした。
「はっ、マクナマラ様と入れ違うようにスカイ王国にいる密偵からの情報が届いたのですが……その理解できず、お伺いを立てたく」
「理解できないことがスカイ王国で起きているということですか?」
「そのようです。言葉の意味はわかるのですが、理解ができないのです」
「なんだそりゃ」
カリアンだけではなくディードも怪訝な顔をする。
「情報を教えてくれますか?」
「は、はい。しかし、その」
「どのような内容でも構いません。どうぞ」
「わかりました。では――」
騎士は、若干の気まずさと困惑を混ぜた声で告げた。
「スカイ王国王都では男性国民が女体化して、魔王サミュエル・シャイトの誕生日をお祝いしようと計画中です!」
「…………………なにそれこわい」
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