70「町の名前はウィスクです」





 スカイ王国シャイト伯爵領にて、サミュエル・シャイトの婚約者オフェーリア・ジュラ公爵家令嬢はちょっと膨れ面をして拠点とする港町を見回っていた。

 オフェーリアの背後には、護衛をしてくれる準魔王ジェーン・エイドが、シワひとつない執事服を着こなした美青年に見間違われるほど美しい顔を涼やかに控えている。

 上品なスカートとブラウスに日傘を差したオフェーリアと美しい執事の組み合わせは、いかにも貴族と言った雰囲気だ。

 だが、町民たちは次々とふたりに挨拶をし、彼女たちも挨拶を返す。


 かつて、この港町をはじめ、領地は貴族によって悪政を敷かれていた。権力に逆らえず、泣いた者は数知れない。そんな領地を与えられたサムは、オフェーリアと共に領民たちと少しずつ距離を縮めていこうと考えていた。

 善政を敷き、領民たちが笑顔で暮らせるよう、将来的に領地がよい土地になるように。


 もちろん、サムに反発する者もいる。

 貴族をよく思えないのは理解できた。

 長い目で見て接し、信頼関係を勝ち取ろうといくつかプランも立てていたのだ。

 しかし、すべて台無しとなった。


「はぁ……。サミュエル様がメルシーちゃんとアンデッドを一掃してから、領民たちは全面降伏。誰ひとりとして逆らう方がいなくなったのはいいのですが、プランが狂いまくりです」

「ふふ。サミュエル様のスベテヲキリサクモノ、メルシー様のブレスを目にして、まだ反抗できるならそれはそれで逸材でしたね」


 苦笑するジェーンの言う通り、千を超えるアンデッドの大群を一撃で屠ってしまったサムとメルシーの力を見て、まだ反乱をしようとするのなら相当の覚悟と根性があっただろう。

 しかし、それをするものは誰ひとりとしていなかった。

 前もって、大きく成長したメルシーの竜体型の姿を見ていたのも理由のひとつだと思われる。

 反乱を企てていた賊は死亡したが、町長の息子ロブは存命だ。さすがに無罪と行かず、拘束してある。おそらくだが、強制労働刑にはなるだろう。お人好しもサムも、すでにことが起こってしまった以上、見逃すことはできなかったようだ。


「おかげで話し合いはとんとん拍子に進んでいますが、良いのか悪いのか悩ましいです」

「人は、いえ、魔族も上から押さえつけるだけでは反発を招きます。領民たちがただ従順なのではなく、話し合い、物事を進めていくことができるのはオフェーリア様の人徳のおかげだと思います」

「そうであれば、嬉しく思います」


 くすぐったそうに照れ笑いするオフェーリアに、ジェーンも頬を緩めた。

 オフェーリアは、何度も領民たちと言葉を交わしたため、信頼を勝ち取ることに成功した。

 今まで勉強という形でしか領地運営を学んでこなかったオフェーリアは、領民と接し、声を聞き、領地で生活することで、机の上では学べなかったことを多く学び、経験をした。

 領地に来てから慌ただしくはあったが、貴重な日々だったと思える。

 おかげで、領民から、まだ遠慮はあるも挨拶されるようになった。貴族の中には、気やすいと不満を覚える者もいるだろうが、オフェーリアは領民と一緒に成長したいと考えているので彼らの反応は嬉しい。

 護衛をしてくれているジェーンとも打ち解けることができたのも、こっそりと嬉しかった。


「……ところで、サミュエル様は本日も山尾様のもとで修行中ですのね」

「メルシー様もご一緒です。私の耳にはサミュエル様たちがあの老人に手も足も出ず悔しがっているのがよく聞こえます」

「それはそれは。いい気味ですわ! 一緒に領地のために頑張ろうと約束していたのに、わたくしたちを放ってメルシーちゃんと山尾様のもとで修行三昧! さすがに不満です!」

「ふふ。そうですね。私も、今回の動向は下心がありましたので、少々肩透かしを覚えています」


 オフェーリアとジェーンは顔を見合わせて、笑った。

 実を言うと、オフェーリアは、リーゼたちから「良い機会なのでサムと距離を縮めてきなさい。頑張ってね」と応援されていた。

 まだ早いと思っていたが、名実ともに婚約者として一歩進もうと予定していたのだ。

 ジェーンは、そんなオフェーリアを応援し、あわよくばと思っていた。

 それだけに、ふたりは残念に思っている。


 とはいえ、拠点としようとしていた前領主の屋敷はあまりにも悪趣味で、寝起きする気にならず、宿屋で寝起きを続けている。貸切状態だが、壁が少々薄い宿屋で男女の関係に発展することはなかなか難しくもあった。

 ちなみに、前領主の悪趣味な屋敷は、メルシーのブレスによって灰になっている。

 開けた土地は、領民たちの記憶を上書きするためにも、早々に新しい施設を建設することを考えている。


「ゾーイ様は、サミュエル様との発展を、まだ早いとおっしゃっておりましたが、あれだけやる気満々でしたカル様が伏せってしまったのは残念ですわね。カル様のぐいぐい行く姿勢はとても心強かったのですが」

「カルはカルでいろいろあります。きっと、本人も絶好の機会を逃したと泣いているでしょう。ざまあみろと後で笑って差し上げましょう」

「それはちょっと」


 ジェーンが名前を呼び捨てる数少ない存在のカルは、部屋から最低限しか出てこない。体調不良と言っているが、あの殺しても死なないようなカルが体調を崩すだろうか、と首を傾げてしまう。

 ゾーイは、サムとの関係を進めたくないわけではないが、「まだ早い! 交換日記を始めて一年も経っていないのだぞ!」と少々お堅い。魔族の感覚ならば、数年後でもいいのだろう。ただ、ゾーイもサムに対して、友人以上の感情を抱きながら後一歩という感じだ。

 十二歳のオフェーリアよりも初々しいゾーイのことは見守ることで全員の意見がそろっている。


「夕方にはサミュエル様とメルシーちゃんが戻ってくるでしょう。明日には王都に戻らなければなりませんし……慌てず、腰を据えて仲を深めることを考えたほうがいいかも知れませんね」

「アプル様の今後も話し合わなければなりません。することは、意外と多いようですね」

「王都の方々も、まさか人魚の嫁が増えるとは思いもしなかったでしょう。驚く顔が今から浮かびます」

「ふふ。そうでしょうね」


 人魚のアプルの嫁入りは、オフェーリアの独断ではなく、リーゼたちにも相談したほうがいいと思われた。人魚との今後の関係を考えれば、断るほうが難しいのだが、如何せん時間が足りない。

 一度、王都に話を持ち帰ることは、人魚の長バルトにも伝えて承知してもらってある。


「一週間離れていると王都も少し恋しいですね。向こうはきっと賑やかなのでしょう」


 オフェーリアは、新たなに名付けられた港町――ウィスクを振り返る。

 税を一割とし、近隣の村や町との交流も始まった。

 海の近くには人魚族がいて、領民と楽しく会話している。蒸留所から出てきたドワーフたちが、領民と一緒になって住まいを作っている。


「きっとシャイト伯爵領は良い領地になりますわ」

「そう思います」


 一週間過ごした、この港町ウィスクにオフェーリアの今後の発展を祈るのだった。






 〜〜あとがき〜〜

本日コミカライズ第五話が公開ですわ!

ぜひお読みくださいまし!


新作もよろしくお願い致しますわ!

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