間話「封印を解く方法がわかったようです」





 オクタビア・サリアスの朝は忙しい。

 成長期のため食事量の多い子供たちのためにたくさんの料理を作り、洗濯、薬草と家畜の世話をして、掃除。昼食を作って、おやつの準備をすると、ようやく夕食の準備の間に自分の時間ができる。


「い、忙しいわ。子育って大変ね……でも、これは勝者の喜びなのよ。魔王のほとんどが子供がいない独身。つまり私は勝ち組なの!」


 くたくたになったオクタビアは、襲いかかる睡魔を振り切り研究室で子供たちの観察日誌をつける。


「……子供たちの個性がはっきりと見て取れるようになってきた。とくにヴァルザードが一番感情を顕にすることが多い。あと、昨晩、寝言で呟いたエリカおねーちゃんて誰? 私、そんな子産んだ覚えないんだけど?」


 観察日誌というよりも、日記と化しているのだが、オクタビアは気づいていない。


「魔王級の力を持つ子供たちの中で、一番力が安定していなかったヴァルザードだけど、家出の一件以来、心になにか変化があったようで安定するようになった。ただし、もしもエリカおねーちゃんとやらが原因であれば、私は単身スカイ王国に乗り込むことも辞さないつもりだ」


 文字を書く手が震える。

 もしも、ヴァルザードが見ず知らずの小娘を連れてきて「ママ、この人と結婚するよ!」と紹介されたら、即死する自信がある。

 結婚するなという意味ではない。

 まだ生まれてから時間が経っていない子が、結婚など早いのだ。

 なによりも、相手がスカイ王国なら大問題だ。

 魔王が集まる国であり、最近では変態国家と周辺諸国から恐れられているという。そんな国の人間が、まともなはずがない。


「いつかは結婚するでしょう。だけどね! 変態な女はダメよ! 多くは言わないけど、せめてちゃんとお嫁さんとしてちゃんとした子を!」

「ふふふ、過保護だね、オクタビア」


 背後から肩に手を置き、耳元でそっとつぶやく青年が音もなく現れた。

 オクタビアは驚くことなく、彼の手に愛しそうに手を添える。


「久しぶりね、あなた」

「すまない。僕も多忙でね。子供たちは元気かな?」

「とても元気よ。ヴァルザードをはじめ、みんな力が安定してきたわ」

「それは朗報だ。そろそろダグラス・エイドあたりは倒せるかな?」


 単純な潜在能力ならば、すでにダグラスやエヴァンジェリンよりも上だと見ていた。

 しかし、経験、自力、意識、戦意、など子供たちに足りない理由は多い。

 そこらの魔族ならば、人の子供が無邪気に羽虫をちぎるように蹂躙することができるだろうが、長い時間を魔王として君臨してきた相手と戦って勝てる保証はない。

 青年としては、確実に倒せると確信を得てから、子供たちを魔王にぶつけたかった。


「ヴァルザードなら問題ないでしょうね。でも、あの魔王はもともとどうだっていいのよ。あいつよりも娘のほうがおっかないわ」

「ジェーン・エイドだね。準魔王の地位にいるようだけど、とくに力を示すことなく、父親の執事をしている変わり者だね」

「準魔王はどいつもこいつも変わり者よ」

「……確かに」


 青年の脳裏に浮かぶ準魔王たちは、一癖も二癖もある者たちばかりだ。


「そろそろ子供たちにも本格的な戦いを教えたいと思っているんだ」

「……そうね。少し早いと思うけれど、あなたがそう言うのなら」

「ありがとう。ジーニアスはどうだろうか? 彼は、スキルにも恵まれた強い子だ」

「いいと思うわ。ヴァルザードばかりが外で遊んでしまったから内心不満そうだったの。長男だからいろいろ我慢してくれているのだけど、やっぱり男の子ね」

「ふふふ、男の子は手がかかるものさ」


 ヴァルザードとジーニアスは、心身ともに成長が大きい子だ。

 末の弟トニーは、まだ手がかかる。

 長女ジュリーと、次女デイジーは、戦いに向いていない。だが、三人とも、特別な力を持っている。

 とくにデイジーは、自らの魔力を使いモンスターを生み出すことのできるスキルを持つ。


「掛け合わせの件も考えてくれたかな?」

「……それは、まだよ。子供たちにふさわしい個体がいないわ」

「いっそ、魔王を攫ってこれればいいのだけど、それが一番難しいからね。なら、ヴァルザードやジーニアスを、ジュリーとデイジーと掛け合わせるのはどうだろうか?」

「あの子たちは兄妹よ?」

「あくまでも母親は君だが、父はバラバラだ。それに、人造的に生み出した個体に兄妹もなにもないだろう?」


 誘惑するように青年がささやく。


「いいえ、駄目よ」


 しかし、オクタビアはきっぱりと断った。


「あなたの考えは、私も考えたことがあるの。でもね、強すぎるのよ」

「強すぎる?」

「未成熟で強い個体同士が子を作っても、母体が、生まれてくる子が耐えられないわ。もし、あなたの望むように子供たちを掛け合わせたいのなら、成長しきるのを待たなければ駄目よ」

「それは何年かかるのかな?」

「……わからないわ」

「ならば、やめよう。僕も、子供たちに強いるのは好まないし、なによりも危険があったら困る。子供たちを失いたくないからね」

「相変わらず優しい人ね」

「父親だからね」


 青年は内心舌打ちをした。

 人造魔王たちが強いことはわかっているが、内面が子供すぎる。

 感情があるのはよいのだが、これではまるで力が強いだけの普通の子だ。

 育児をオクタビアに任せていたのが失敗だった。

 非道な研究を鼻歌混じりで行える彼女だったが、母性が目覚めてしまったようだ。


 ――いや、本来の彼女ならこんなものかな。


 青年は、脳内でいくつかのプランを組み立て直す。

 これ以上強い個体が望めないのなら、うまく使えばいいだけの話だ。

 魔王が七人に対して、人造魔王が五人であることにいささかの不安を覚えるが、そもそも準魔王の中にもジェーン・エイドやカル・イーラなど本来の力を出し切っていない者がいるので今更だ。


「ごめんなさい」

「謝罪なんていらないさ。子供たちが一番だからね」

「ありがとう。でもね、がっかりすることばかりじゃないわ」

「うん?」

「あなたから預かっていた書物を読み解いて、いくつかわかったことがあるわ。きっと、喜んでくれると思うの」

「なにを知ったのかな?」

「女神の封印を解く方法よ」

「――っ」


 青年は目を見開き、オクタビアの肩を強く掴んだ。

 爪が食い込み、肩から血が流れながら、オクタビアは痛みを感じていないのか少女のように微笑む。


「その方法は?」

「――聖女を使うのよ」





 〜〜あとがーき〜〜

 ちょっとシリアース。

 書籍、コミカライズ、よろしくお願い致しますわ!


 あ、私事ですが、親戚の結婚式出席のため本日のお返事はお休みさせていただきます。ご理解よろしくお願い致しますわ。

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