48「人魚さんと会いました」③
「ひ、酷い目に遭いました!」
陸に打ち上げられた人魚は、尾鰭を海に浸けながら大きくため息をついた。
そんな彼女を輝く瞳で見ているのは、溺れかけたが半魚人によって助けられたおかげでことなきを得たサムだ。
「……サミュエル様。人魚を見てはしゃぐなとはいいません。わたくしもできることなら捉えて自宅に持ち帰りたいですわ。しかし、海に飛び込んで溺れかけるとは、どうかと思いますわ」
追いかけて合流したオフェーリアが苦言するも、そんな彼女も瞳を輝かせて人魚から目を逸らさない。
「人間の子供たちの目が怖いです! というか、男の子のほうは魔族のような気がしますけど、魔力が大きすぎるせいか、種族もなにもわかりません! そんな子が、感極まってこっちを凝視しているのが怖いんですけど!」
「うへへ、人魚様ってどこにするんでるの? 河童様と親戚? きゅうり食べるの?」
「なぜ河童と親戚なんですか! 生態系が全く違うでしょう! あときゅうりは食べません! 野菜か嫌いです! 魚が主食ですから!」
若干引きながら律儀に返事をする人魚に、サムが「ぐへへへ」と喜ぶ。
「落ち着け!」
「ぐぺ」
そんなサムの頭頂部に、ゾーイが踵を落とした。
なかなか痛かったようで、頭を押さえてうずくまるサムを一瞥し、人魚に声をかけた。
「すまなかったな。どうやらこいつは水生生物に興奮する性癖らしい」
「……若い子が珍しいですね」
「おっと、すまない。水生生物にも興奮する性癖のようだ」
「範囲広っ!」
ゾーイと人魚のやり取りのせいで、少し離れていたところで話を聞いていたガインたちが「やはり貴族様はおっかねぇ」とひそひそしている。
「ゾーイ様、そちらの人魚様もその辺りしましょう」
「うむ」
「はい。――えっと、ゾーイ様って言いましたか?」
「そうだ。私はゾーイ・ストックウェル」
「わ、私は南の海の人魚たちを統べる長バルトの娘アプルです。あの、ゾーイ・ストックウェルさんってよくあるお名前ですか?」
「さあな。ゾーイは聞くが、ゾーイ・ストックウェルという同名にあったことはないな」
「あははははは! まさか、準魔王様がこんな人間の国の田舎に」
「うん? 知っているのなら早い。私は偉大な魔王レプシー・ダニエルズ様によって吸血鬼にしていただいた準魔王だ」
「あばばばばばば! じゃあ、まさか、こちらの執事服の壮絶なイケメンは……」
「ジェーン・エイドと申します。魔王ダグラス・エイド様の娘であり、準魔王と呼ばれていますが、ありふれた魔族のひとりでしかありません」
アルプと名乗った人魚は、身体をガクガクと震えさせた。
「お父様! 逃げましょう! 準魔王が! 準魔王がいます! 狩られます! 剥製にされたり、食べられたりします!」
「そんなことせんわ! まったく、人魚はすぐに怯えるから面倒だ」
「だって! 大昔、不老不死の薬になるとかいって散々狩まくったじゃないですか!」
「それをやったのは一部の人間ではないか。それに、その人間たちを国ごと滅ぼした癖に、なぜ怯えるのか理解できん」
「人間も魔族も怖いんです!」
「その割には、海で溺れる人間を助け、漁を手伝うのですね?」
「そ、それは、私たちは苦しんでいる人を放っておけないのです! たとえ、恩を仇で返されたとしても、海に住まう者として高潔に生きるの! きゅうり泥棒の河童と一緒にしないでください!」
アルプの言葉に、サムは拍手をした。
素晴らしい志だ。
まさに人魚。
どこかの変態どもとは器も格も違う。
「人魚様、無礼なことをしてしまいすみませんでした。俺は、サミュエル・シャイトです。若輩ながら、こちらの領地を任されました。先ほど半魚人のお父様にご挨拶させていただきました」
「あら、ご丁寧に。私はアルプです。あとね、父も人魚ですよ」
「お父様にもお礼を言いましたが、領民の助けになってくれていたそうで、お礼申し上げます」
「最近、漁がうまくいってなかったようですから。人間ではあまり沖に出られないですし、私たち人魚も人間から物を買わせてもらったりしたからお礼はいりません」
サムが礼を言うと同時に、背後から漁師たちも頭を下げた。
アルプたち人魚の好意によって、港町は救われていたのだろう。
サムも同じく深々と頭を下げて感謝を示す。
「……ところで、あなたは人間じゃないでしょう? どちらのご種族?」
「魔王です」
「あら、魔王さんですか。それにしても、人間の国で魔王が領主になるとは珍しいですね。――あら? あらあら? この子、今、なんと?」
「えっと、ですから、俺は魔王です。元人間で、吸血鬼に転化した魔王です」
サムの説明を受け、アルプはちらりとゾーイとジェーンを見た。
うんうん、と頷くふたりを確認すると、アルプはガクガクと震え出した。
「父ちゃん! 海さけーるべ! やっぱり陸は恐いっぺ! はよはよ、帰らんと、そこの魔王にぶっ殺されるっぺよ!」
〜〜あとがき〜〜
間話を挟んで、王都ですわ!
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