38「ガロンは期待しているそうです」
「ありえねぇ、俺の酒を断るなんざ、レプシーの野郎以来だ!」
蒸留所の視察を終えたサムたちを見送ったガロンは、酒を断られたことを思い出してご立腹だった。
思い返せば、魔王レプシー・ダニエルズに鬼王国で酒作りを任されたときに献上したときにも、最高傑作だったウイスキーを樽ごと渡そうとしたら「すまない、私はワイン派なんだ」と苦笑していた。
だが、受取拒否されたわけではなく、「義父と領民が酒好きでね。振る舞ってあげたいが構わないかな?」と聞かれ、「酒を楽しんでくれるなら」と承諾した。
その後、ガロンを招いてパーティーを開いてくれたことはよく覚えている。
レプシーの近くで、幼女がドワーフがびっくりするほどウイスキーを水みたいに飲んでいたのも忘れられない。
「……あのレプシーが倒されるなんてなぁ。倒せる奴いたのかよ」
ガロンは、レプシーのために出来の良いワインを作り、献上した。
とても喜んでくれて、その姿は子供のようだった。
気づけば、向こうは魔王で、こっちはドワーフだというのに、友人となっていた。
――だが、すぐにレプシーは妻子を奪われ、復讐の鬼となった。
「まあ、あの世っていうのがあるのなら、今頃嫁さんと子供と楽しく暮らしているだんろうさ」
短い時間だったが、自分を友人と言ってくれた魔王にガロンは黙祷し、スキットルに入ったウイスキーを飲み干した。
「ま、ちゃっかり樽に名前書いていきやがったし、その内一緒に飲める日もくるだろう」
サムは複数個の樽に自分の名前を書いて、「樽ごと買うぜ!」と喜んでいた。
ゾーイも樽を選び「サムの支払いで頼む」とちゃっかりしていた。
「レプシーを倒した新米魔王が、この町の領主か――せいぜい楽しくなることを祈るぜ」
町長ガインは、まだサムを信用しきれていないようだった。
ガロンだって、サムを無条件に信用していない。
あくまでも世話になった準魔王ジェーン・エイドがサムと一緒にいるからこそ、万が一はないと考えているだけだ。
前領主は蒸留所にノータッチだったおかげで、ガロンたちドワーフに気づかない間抜けだった。
ガロンたちは長い間蒸留所を守ってきた。時には、領主にあったこともある。
しかし、領主が代々変わるごとにきな臭くなり、蒸留所の中に隠れすみながら酒を作るようになった。
水、土地が良質なこの場から離れたくないという気持ちもあったが、町民たちに愛着があったのも理由だ。
町長のガインは赤ん坊子頃から知っている。
だからこそ、前領主の非道は許せなかった。
闘う力こそあまりないが、人間に負けるほど弱いわけではない。
一度は領主を亡きものにしようと武器を取ろうとしたことがあったが、止めたのは他ならぬ町民たちだった。
町民たちにとって父、いや、祖父のような存在であるガロンたちの酒造りの情熱はみんながよく知っていた。
そんなガロンたちの手を、領主の血で汚したくないと訴えられた。
なによりも、領主を倒せたとしても、ガロンたちの存在が明るみになり討伐されてもいやだということで、幾度となく話し合いをした結果、ドワーフたちは酒造り以外に干渉しない約束をした。
だが、サムが領主となり、オフェーリアと共に領地を動かしていくことで、大きく変わっていくだろう。
ざっくり話を聞いただけだが、希望が持てた。
ガロンたちの家を蒸留所の近くに用意し、正式に町民として認め給料も出してくれるという。
領民にも良い条件が提示されている。
サムというよりも、オフェーリアの考えのようだが、ありがたいことには変わらない。
「まあ、俺は俺で酒造りに集中するだけだ。働く環境がよくなるなら、ありがたい。俺も堂々とお日様の下を歩きたいしな」
若き領主と婚約者が港町をどのようにするのかまだ未知数だが、ガロンは楽しみだった。
蒸留所の中を歩く彼の足取りは、いつもより軽かった。
〜〜あとがき〜〜
コミカライズ4話は、明日11月4日(金)のお昼ごろ更新です!
Web版、書籍版にないウルと出会ったあとのサムですよ!
ぜひお読みいただければ幸いです!
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