39「女体化が広がっていきます」①





「陛下、そろそろお時間です」

「うむ」


 スカイ王国の玉座にて、クライド・アイル・スカイが秘書官の声に重々しく頷いた。


「ギュン子・イグナーツ様、参りました!」


 玉座の間の扉を守る騎士が、緊張気味に声を張り上げ、扉を開いた。

 重い音を立てて開かれた扉を、美しい女性が潜る。

 年齢は二十代半ば。ハニーブロンドの癖のある髪を伸ばし、王家の血を引く者だけが公の場で身につけることのできる青色のドレスを身にまとい、白い手袋、ハイヒール、金の装飾を身につけている。

 その姿に、集まった貴族たちの半分が息を呑んだ。特に、当主である親に連れてこられた、貴族の青年、少年たちの視線には熱がこもっている。

 無理もない。スカイ王国には名の知れた美女美少女がいるが、彼女たちの何人が彼女の美貌に太刀打ちできるかわからない。


 王の隣に座る、第一王妃フランシス・アイル・スカイと第二王妃コーデリア・アイル・スカイでさえ、堂々と胸を張り、背筋を伸ばして歩くギュン子の姿に惚れ惚れしていた。

 ただ、ギュン子の正体を知っている、父親イグナーツ公爵、ウォーカー伯爵、シナトラ伯爵はうんざりした顔をしており、ジュラ公爵も苦笑気味だ。


 正しくは、この場にいる全員が、ギュン子の正体に気づいているのだが、あまりにも当たり前のようにしているので、脳が処理できていないのだ。


 ――言うまでもなく、ギュン子はギュンターだ。


 度重なる女体化の果てに、性別がどうこうではなくギュンター・イグナーツはギュンター・イグナーツという意味のわからない言葉が囁かれるほどだ。

 奇人変人の名をほしいままにしていた彼、いや、彼女も、ついには狂人と呼ばれるようになっていた。

 ちなみに、そんなギュン子を愛し、子供を孕み、手のひらで操っているとされるクリー・イグナーツは恐れを通り越して、尊敬の念を集めている。

 一部の貴族は、次期国王をクリーにすればいいのではないか、とさえ考えている者もいるとかいないとか。


「ギュンターよ。そなたの女体化は相変わらず見事である。私たちも、君の熱意に応えたいが、不安があるのも事実だ。偏見の目で見られないか。いや、変態と勘違いされないだろうか、と」


 クライドの言葉に、同調するように貴族たちが頷いた。

 サムのお誕生日会にあたり、男全員女体化計画を掲げたギュン子だったが、まず民たちを前に貴族たちが女体化することとなっている。

 すでに何人かの貴族は、ギュン子によって女体化済みだ。


「わかっています。しかし、心から反対している者はあまりいない。そうでしょう?」

「うむ。誰、とは言わぬが、反対意見だった者たちはそなたが強制女体化してしまったのでな……中には女性として生きる決意をしたものがいるのだが、それがいいことであるかどうかが判断できぬ者たちもいるのだ」

「僕にはわかっています。この場にいる王勢の貴族の中に、本当の意味で女体化したい者がいることを。男として生まれながら、女性として生きたかった者もいることを」


 ギュン子の言葉に、何人かの貴族が息を呑むのがわかった。

 貴族の中にも歪んだ性癖を持つ者はいる。

 単純に、女性に憧れる者も、女性に生まれ変わりたい者もいることを知っている。

 無論、女性が男性になりたい場合もある。


「大半の方々には、祭りの間だけ女体化を楽しんでもらればいいのです。ですが、女体化したまま、いいえ、はっきり言いましょう。女性であり続けることも可能です。出産ももちろん、問題ありません」


 ギュン子の断言する言葉に、一部の貴族が歓喜を隠せず震えた。

 残りの貴族は恐怖で震えた。


「しかし、世間体もあるでしょう。もしかしたら、好奇の視線で見られることもあるかもしれない。それを怖いと思う気持ちを、僕は理解している。だから、聴きたまえ」


 ギュン子は、貴族たちが集まる玉座の間の真ん中で、拳を握り締め、口を開いた。


「僕は君たちと同じ男性だ。同じスカイ国民の血が流れている男性だ! 欲望や願望を閉じ込めておけば生きやすいかもしれないが、それでは心は満たされない! だから君たちはもっと滾っていい! この国は男や女というわかりやすい性別だけの人が暮らす国ではない。僕たちの国でもある! だったら、女体化するしかないだろう」


 貴族たちの中に、涙を流す少年がいた。

 ギュン子の言葉に勇気づけられた老人がいた。

 希望を見出した男たちがいた。


「さあ、女体化の時間だ! 君たちを美しい女性にしてあげよう!」





 ※





「いや、あのな、ギュンターの野郎が演説かましているのは良いんだが。あのしょうもねえ演説が心に響いている奴がいるのもどうでもいいんだが……マジで俺らも女体化するのか?」


 場の空気が最高潮になっているため、大きな声で言えない宮廷魔法使いデライト・シナトラが、隣に立つジョナサン・ウォーカーにそっと耳打ちをする。


「知らん」

「あのさ、嫁さんが、朝からうっきうきでドレスとか女もんの下着を用意しているんだよ。しかも、エヴァンジェリン様にお願いして、男になろうか生やそうか悩んでいてな」

「知らん!」

「女体化したら俺はどうなっちゃうんだろうなぁ」

「だから、知らん!」

「いやいや、お前の義理の息子の誕生日のせいで女体化なんだぞ!」

「サムは望んでいない! 公爵を前にしてこんなことを言うのはあれだが、あの馬鹿がひとりで暴走しているだけだ!」


 だよなぁ、とデライトは遠い目をしているイグナーツ公爵に目を向けた。


「で、イグナーツの旦那のご意見は?」

「……今まで苦労ばかりの日々だった。若い頃は、陛下たちをはじめ、ジョナサンやデライトの尻拭いを、子供が生まれたと思えばひとりは家を出てしまうし、もうひとりは度し難い変態だ。もう疲れた。美少女になって第二の人生を始めるのも悪くないだろう」

「旦那にはご迷惑かけましたけど、あんたが諦めたらもう誰も止められんでしょうが!」

「……止まるか、あれが?」


 デライトはちらりとギュンターに視線を戻す。

 ひとりひとり女体化させられている光景は、目に毒だ。

 しかし、神々しい光を纏っているせいか、まるで勇者に聖剣を与えているような光景にも見えなくないのが恐ろしい。


「きっと止まらねえな。ま、長い人生、美少女になる日があってもいいのか」

「ちなみに、ここにいない魔法少女殿は女体化しないそうだ」

「うっそだろ、キャサリンのおっさんは女認定なのかよ!?」

「もっと言うと、ドミニク殿は宮廷魔法使いを魔法少女にしようと企んで衣装を製作中だ」

「……眩暈がしてきた。酒飲んで現実逃避したくなった」


 酒に逃げた過去があるデライトが、再び酒に逃げたくなるほど、とんでもない未来が待っているようだった。

 そんな彼の腕を、イグナーツ公爵が掴む。


「現実から目を背けてはならん。我々も諦めて美少女になるのだ!」


 苦労ばかりをしてきたイグナーツ公爵が、初めて抵抗を放棄した瞬間をデライトは見た。

 その後、デライトも、ジョナサンも、ギュンターの手によって女体化させられた。






 〜〜あとがき〜〜

コミカライズ4話は、本日11月4日(金)の更新です!

Web版、書籍版にないウルと出会ったあとのサムです!

ぜひお読みいただければ幸いです!

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