34「ドワーフさんと出会いました」①
蒸留所は港町の入り口の海岸面に聳え建つ広い建物だった。
前世において、知識で蒸留所を知っていたサムであったが、実際に足を運んだことはない。ブラック企業勤めではそんな余裕もなかったし、休みの日は死んだように眠る日々だった。
「塩の香りがいい感じ。えっと、案内の申し込みはどこかな」
「サミュエル様、見学と言ってもあくまでも視察ですので。観光ではありません。なによりもサミュエル様のものですので、ご自由にお入りください」
「そうだった! じゃ、すみません。失礼します!」
深々と一礼をして蒸留所の敷地に入る。
「ああ、幸せ。よし、満足だ」
「何を言っているんだ、お前は? さっさと中に入るぞ。ドワーフに一番良い酒を出させるんだろ?」
「違うよ! そんなことしないよ!」
飲む気満々のゾーイが意気揚々と蒸留所の中に入っていく。
「お、お待ちくだされ。ささ、奥方様もこちらにどうぞ」
町長ガインが小走りでサムとゾーイを追いかけていく。
「ふふ。サミュエル様も子供っぽいところがありますわね。あのようにはしゃぐとは思いもしませんでしたわ」
「――とても興味深いです」
「ジェーン様?」
サムの年相応な姿を見ることができて、頬を綻ばせるオフェーリアに対し、ジェーンは不思議そうな目でサムの背中を見つめていた。
「ゾーイ様と違ってサミュエル様はお酒を召し上がりません。だというのに、なぜ蒸留所やドワーフに興味津々なのか疑問です」
「そういえば、そうですわね」
オフェーリアの記憶にある限り、サムは酒を一滴も飲まない。
祝いの席でも、王宮に招かれたときでさえ、ワイングラスを掲げることはあっても口をつけない。
本人は未成年だから、と言っているが、未成年で飲酒をすることは別に珍しくない。
地方では、子供でも風邪を引いたときに蜂蜜と生姜やシナモン、そしてウイスキーを混ぜお湯で割って飲むことがある。
あと一週間もせず成人するのに、生真面目に酒を飲まないことはオフェーリアにしてみても不思議だ。
普段は破天荒な一面を持ち、戦いになれば獣のような笑みを浮かべ嬉々として戦う少年が、お酒を未成年だからとやんわり断っている姿に違和感がある。
しかも、飲まないのに酒類に関する知識があり、どのような酒が高価なのか、美味しいのかも熟知とまではいかずとも知っている。
実にアンバランスだ。
「もしかすると、サミュエル様は私たちには想像できない秘密を持っているのかもしれませんね」
「お酒ひとつでそこまでの秘密が? いえ、あるかもしれませんわね。びっくり箱のような方ですから」
「びっくり箱ですか……その通りかもしれませんね。では、びっくり箱から何が飛び出してくるのか楽しみにしておきましょう」
オフェーリアとジェーンは微笑み頷くと、サムたちを追って蒸留所の門をくぐった。
そして、建物の中に入ると、棍棒を持って武装した毛むくじゃらで小柄だが、がっちりとした身体つきの男性三人が、サムを睨んでいた。
「新しい領主だかなんだかしらねえが、この蒸留所は俺が守るぜ!」
「だから、俺は蒸留所見学じゃなくて、視察にきたんですって。蒸留所を潰そうだなんて微塵も思っていませんよ!」
「――刺殺だと!? てめぇ、俺たちを刺し殺そうというのか!?」
「刺殺じゃないよ! 視察だよ! とんでもない誤解をしているからね! まずは落ち着いて話し合おう!」
またしても誤解を受けているサムに、オフェーリアは肩を落とした。
「またしても第一コンタクト失敗ですわね」
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