35「ドワーフさんと出会いました」②





 ゾーイと共に蒸留所に足を踏み入れたサムの鼻腔に、建物の中だというのに潮の香りがくすぐる。

 ここで作られるウイスキーにほのかな潮っけがあるのは、きっとそのためだろう。


「サム、くるぞ」

「うん。わかっているよ」


 施設の奥から、三つの魔力が近づいてくるのがわかる。

 魔力はさほど大きくないが、人間ではなく、魔族だというのはわかっているので警戒はしている。

 ドワーフ族がどのような戦い方をするのか不明だが、明らかな敵意を露出しているのでいつでも対応できるよう身構えた。


「おうおう、てめえが新しい領主様って人間か! 前の領主は酒の味もしらねえクソッタレなやつだったが、蒸留所には近づかなかったんだが……てえめは俺たちの命ともいえる蒸留所を取り上げようって魂胆だな! ぶっ殺してやるぜ!」


 棍棒を片手に、三人のドワーフが現れた。

 四頭身ほどの体躯はずんぐりむっくりしていて、腕や足、首が太く逞しい。

 いつか絵本や漫画で見たようなもじゃもじゃの髪と髭を蓄え、太い眉を持っている。


「うわぁ! ドワーフさんだぁ!」


 まるで絵本から飛び出してきたようなドワーフたちに、サムは瞳を輝かせた。


「なんでぇ、こいつは俺たちを見てビビるどころか瞳をきらっきらさせていやがる!」

「兄者、もしかしたら変態なんじゃねえか?」

「人間の貴族は性癖がおかしいらしいぜ。蒸留所だけじゃなく、俺たちの尻も危険かもしれないぜ!」


 サムは輝かせていた瞳から光を失った。

 会っただけで変態扱いだ。


「サム、言われているぞ」

「もうね、怒りとか、誤解を解かなきゃとかよりもね、ただただ悲しい」


 初対面のドワーフにまで変態扱いされ、目眩を覚えて、この場に膝を突きそうになる。

 しかし、サムも男の子だ。このくらいでは挫けなじ。奥歯を噛み締めて、ぐっと耐えた。

 頬を引き攣らせながら笑顔を浮かべて、一歩近づき手を差し伸べる。しかし、サムの一歩に対し、ドワーフたちは散歩下がってしまった。


(どうして初対面のドワーフさんと心の距離が……おのれ、前領主とギュンターめ。ついでにクライド様も! お前たちのせいで俺まで変態扱いだよ!)


 サムとしては、ドワーフたちの口から酒について語ってほしくてわくわくしていたというのに、残念でならない。


「とにかく! 新しい領主だかなんだか知らねえが、俺たちの蒸留所を潰させねぇ!」

「そこも誤解ですって。俺は蒸留所を潰すつもりなんてありません。今日は視察に来たんです」

「――刺殺だと!? 俺たちを刺し殺すつもりか!?」

「なんでそうなっちゃうのかなぁ!? だーかーらー、見学に来たの! 蒸留所見学! 俺は蒸留所見学して、お土産のグラスとかグッズとかボールペンとかTシャツとか買たいの!」

「そんなもんはねえ! つーか、見学なんてやってねえよ!」

「なんだと!? ぶざけんな、俺がどれだけ楽しみにしていたと思っていやがる!」

「それこそしらねえよ! 魔族の俺らが酒作ってる施設に人間をおいそれと入れられるわけがねえだろ! ここは人間の国だぞ!」

「おっと、そうだった。失礼。つい、初めての蒸留所見学で興奮していました」


 乱していた呼吸を整えるサムに代わり、今度はゾーイが前に出た。

 同じ魔族である彼女なら警戒心剥き出しのドワーフたちとも打ち解けることができるだろうと、サムは任せることにした。


「お前たち、まずは私に一番の酒を持ってこい。話はそれからだ」

「ゾーイさん!?」


 挨拶でもなんでもなく、ゾーイはまず酒の要求をした。


「先ほどサムが言っていたが、蒸留所見学では試飲ができるのだろう? 喜んで試飲してやる。この蒸留所の一番うまい酒を持ってこい」

「――はっ、ガキに飲ませる酒はねえ! ミルクでも飲んでな!」

「ほう……貴様、ドワーフのくせに私が誰だか知らないようだな」


 子供扱いされたゾーイが頬を引き攣らせ、拳を握る。

 視察だからと鎧と剣は装備しておらず、清楚なワンピース姿だが、たとえ武器がなくても準魔王である彼女はかなり強い。

 その気にならずとも、ドワーフたちを瞬殺し、この港町を更地にできるだろう。


「待って、ゾーイさん! ウルの好きだった蒸留所を更地にしないで!」

「そんなことするか! 礼儀知らずのドワーフどもにどちらが上か叩き込んでやる!」

「あれー? ゾーイさんって、そんなに喧嘩早かったけ!?」

「良い機会だ、王都で変態どもの相手に疲れた私の鬱憤を晴らさせてもらおう!」

「まさかの八つ当たり!?」


 サムが止める間もなくゾーイが拳を振り上げた。


「はい。そこまでにしておきましょう」

「――む」


 しかし、ゾーイの拳がドワーフの顔面に直撃することはなかった。


「ジェーンさん、助かりました」


 白い手袋をはめたジェーンの腕が、軽々とゾーイの腕を後ろから掴んでいた。

 ジェーンの背後にはオフェーリアと町長も姿もある。


「サミュエル様ではなく、ゾーイ様が熱くなってどうするのですか。――おや?」


 ジェーンが何かに気づき、ドワーフ三人の顔を見る。

 ドワーフたちもジェーンの姿を目にして硬直していた。


「……この蒸留所で働くドワーフとはあなたたちのことでしたか」

「ジェーン様、お久しぶりでございます!」


 膝を突くドワーフたちとジェーンの様子から、どうやら知り合いのようだ。


「えっと、ジェーンさん? 知り合い?」

「はい。彼ら鬼王国で酒造りを営むドワーフ一家の者たちです。王宮にお酒を卸しに来ていましたので、面識があります。ただ、修行として百年ほど前にご実家を飛び出したと聞いていました。私もまさかスカイ王国の、それもサミュエル様の領地で再会するとは思いませんでした」


 あまり驚いた顔をしていないジェーンだったが、サムとしてはこの偶然に感謝する。

 これで少しはドワーフたちが話を聞いてくれれば良いと思うのだった。





 〜〜あとがき〜〜

次回はハロウィーン回です!

書籍、コミカライズよろしくお願い致します!

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