書籍2巻発売記念SS「子供の名前です」②





「ふはははははははははは! 愛しいサム、そして側室のみんな、ご機嫌よう! 君たちのギュンター・イグナーツだよ!」


 白いスーツに気障ったらしい笑顔を貼り付けたギュンターが、いつも通りに部屋に入ってきた。

 今更なので、誰も驚きはしない。

 あ、きてたんだ、くらいだ。


「ご家族のお時間に失礼致しますわ」


 ギュンターの背後には、薄桃色のワンピースの上にカーディアンを羽織ったクリーもいる。

 彼女のお腹も気持ち、大きくなっているような気がした。


「で、何の用だよ」

「素っ気ない君も素敵さ! なに、サムたちが子供の名前を決めようとしているのが耳に届いてね。ならば、僕たちもご一緒させていただきたいと思ったのさ」

「……意外だな。お前、ちゃんと子供に名前をつけるつもりなのか?」

「……失礼だね、サム。僕をなんだと思っているのかな?」

「変態」

「はっはっはっ、これは一本取られたよ!」


 愉快に笑うギュンターのテンションはだいぶ高い。

 おかしな薬でもキメているんじゃないかと心配になった。

 しかし、よく思い返してみれば、ギュンターはいつだっておかしいのである意味通常運転だろう。


「ギュンターがなぜ私たちが子供の名前の話をしていたのか知っているのかはさておき。あなたね、ちゃんとクリーのことも気にかけているの?」


 幼なじみゆえに気安いリーゼが、問うと、代わりにクリーがにこやかに返事をした。


「ギュンター様はよくしてくださっていますわ。それ以上に、お父様とお母様が……わたくしのために毎日気遣ってくださり、幸せです」

「クリーが幸せならよかったわ」


 跡取り息子が結婚もしない、ウルとサム意外に興味を示さないことを悩んでいたイグナーツ公爵夫妻は、クリーとの結婚、懐妊はとても喜んでいる。

 それこそ、ギュンターの扱いが雑になるほど、だ。


「クリーさんたちはもうお子様のお名前は考えましたの?」


 編み物の手を止めてアリシアが尋ねると、「いえ、まだ」とクリーが眉をハの字にする。

 どちらの家でも、子供の名前は決まっていないようだ。


「候補はいくつか挙がっているのですが、ギュンター様が納得してくださらないのです」

「ギュンターらしいわね」

「安定のギュンター」


 フランと花蓮が苦笑する。


「クリー様。お席を用意しましたので、どうぞこちらに。暖かいお茶もいかがですか?」


 いつまでも妊婦を立たせておけないと思ったオフェーリアが誰よりも早く動いていた。

 一緒に生活するようになって気づいたのだが、彼女は本当に細々としたことに気づく子だ。気になることや、今のようにちょっとした気遣いを、誰かに言うのではなく率先して自分で動く。

 とてもいい子だと思う。


「ありがとうございます、オフェーリア様」


 クリーが礼を言い椅子に座ると、慣れた手つきで紅茶を入れてティーカップを前に置いた。


「お話の続きですが、クリー様とギュンターはどのようなお名前を考えているのですか?」


 ステラの疑問に、ちょっと困った顔でクリーが答えた。


「ギュンター様とわたくしよりも、お父様とお母様がはりきってしまいまして。他にも親戚の方や、遠方で隠居しておられるお祖父様も手紙で名前の候補に、とお送りしてくださったのです」

「それは……大変でしたね」


 ステラが困ったように苦笑した。

 貴族の名付けは結構面倒だ。

 とくに周囲が子供の名付けに積極的でなければ、親が決めればいいのだが、それでも一応両親にお伺いを立てるくらいはするべきらしい。

 そこに、両親や親類が口を出すととてつもなく大変になる。

 誰の顔を立てるのかという問題も追加されるため、大体が、男の子の場合、女の子の場合、二人目に、と言った感じで考えてもらった名を使うようだ。

 ちなみに、サミュエルという名は、母メラニーがラインバッハ男爵に相談せずに勝手につけた。父親が違うことはわかっていたので、意見を聞くこともしなかったようだ。


「ふっ。父上や母上、お祖父様がなにを言おうと我が子の名前は決まっているのさ!」


 ギュンターが気障ったらしく髪をかき上げて言う。

 どのような名前をつけるのか気になったのは、きっとサムだけではないだろう。


「どんな名前を考えたんだ?」





「――ウル」





 ギュンターが口にした名を聞き、サムは固まった。

 サムだけではない、リーゼたちも同じだ。

 ウル。つまり、今は亡きウルリーケ・シャイト・ウォーカーの名を、ギュンターは我が子につけようとしているのだ。


「おいおいおいおいおいおいおい! それはちょっと違うでしょうが!」


 もちろん、サムは納得できない。


「おや? どうしたのかな?」

「ウルの名前は神聖なものだ。それを勝手に使うなんて」

「サム……君のウルへの気持ちは理解している。だが、僕は幼い頃から彼女を支えてきた男だ。このくらいのわがままを許してもらいたいね」

「誰が許すかぁああああああああああああああ! ていうか、支えるどころか迷惑ばかりかけていたくせにどの口がほざくんだぁああああああああああああああ!」

「今回ばかりは、愛しいサムとはいえ譲らないよ!」

「表に出ろ!」

「いいだろう! ママ譲りのテクニックで君を調教してくれよう!」


 普段滅多にない、サムとギュンターの意見のぶつかりにリーゼたちは置いてけぼりだ。

 その間にもふたりは睨み合ったまま、部屋の窓から庭に出て行ってしまった。

 しばらくして、どっかん、ばっきん、と鈍い音がしてから「ちょ、待ちたまえ、キリサクモノはやばい! さ、サム、ぎゃぁああああああああああああああああああ!」とギュンターの悲鳴が聞こえてきたが、リーゼたちは聞こえないふりをした。


「わたくしとしては、ウルリーケ様が自分の名を我が子につけるのは嫌だとなんとなく思うのですが……」

「そ、そうね。きっと過去を振り返るなと言いそうよね」

「わたくしとしてはギュンター様にちなんで、男の子ならギュン太郎、女の子ならギュン美にしようと提案したのですが、ギュンター様が珍しく真顔でそれはちょっと、とおっしゃったので我慢しました」

「……さすがのギュンターもそう言うでしょうね」


 リーゼたちとしても生まれてくる親戚の子をギュン太郎、ギュン美と呼びたくない。常にギュンターが付きまとっていて、なんか嫌だ。

 その後、編み物をしたり、お茶を飲んだり、女子たちは楽しい時間を過ごすのだった。

 名前はサムが何百と考えた名前の中から、みんなで相談して決めることになった。





 〜〜あとがき〜〜

 というわけで、書籍発売記念SSでした!

 子供たちがどのような名前になるのかは、お楽しみに!


 書籍2巻が発売いたしました。

 3巻に続くためにも、ぜひお手に取っていただければ幸いです。

 書籍版をまだ読んでいない方も、この機会にぜひ揃ってお願い致します!





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