第十二章
1「父と娘です」
大陸西側最北部の土地に、神聖ディザイア国があった。
女神を信仰し、教皇を頂点と起き、十人の枢機卿が国を動かす、大陸全土で一番歴史の長い人間の国だ。
一年の三分の一が雪に覆われる雪国でもあり、冷寒地であるため作物もなかなか育たない。
裕福な国ではないが、決して貧しい国ではない。
なによりも、優しい国だ。
困っている人がいれば、誰もが迷わず手を差し伸べる。
国民たちは全員が家族だ。
表に出てこない教皇の代わりに枢機卿という指導者たちがいるも、彼らだって決して裕福な生活をしているわけではない。
それぞれが所有する教会や住まいに、親を失った子供、怪我や病で働けない人を集め、共に生活をしている。
枢機卿たちにも派閥などはなく、手を取り合い助け合っている。
みんなが笑顔で過ごせる国。
それが神聖ディザイア国だった。
優しく、幸せな国。――そう、人間には。
神聖ディザイア国は魔族を拒絶する。
その感情は嫌悪を通り越している。
人間であればたとえ他国の人間が国民を殺したとしても、罪を問うことはあっても努力し恨みを捨てようとするだろう。
そのような民も、相手が魔族ならば、老若男女問わず憎悪する。
――すべては、信仰する女神が魔族を嫌っていたからだ。
女神は人間しか愛さない。人間だけを心から愛するのだ。
ゆえに、神聖ディザイア国の民も人間と人間で助け合い、愛し合う。
魔族とは――彼らにとって異端だった。
◆
神聖ディザイア国中央にある大聖堂。
振り分けられていた枢機卿が数ヶ月に一度集まる場所であり、教皇の直轄地である。
しかし、現在は教皇が表舞台に立たないため−−表向きには不在だが−−枢機卿の中で最も聖力が強く、民から慕われ、同僚たちからの信頼もあるカリアン・ショーンが代理で管理をしていた。
大聖堂は民が気軽に足を運んでお祈りができる。無論、礼拝堂以外は立ち入ることは許可されていない。
大聖堂を自由に行き来できるのは、枢機卿と神父とシスター、そして騎士たちだ。
そんな大聖堂の奥にある一角には、神聖騎士団の騎士たちが訓練をする訓練場があった。
つい先日、ティサーク国で魔王と相対したカリアン・ショーンは、とある人物を探しに足を運んでいた。
「おやおや、いつもながらやりすぎだと叱りたいのですが……努力を怠らない騎士たちにそれを言うのは無粋でしょう」
カリアンの眼前には、訓練用の革鎧を身につけ、刃を潰した長剣を握ったまま地面に倒れている騎士たちがいた。
彼らの真ん中には、唯一白銀の鎧を身につけた騎士がいる。
教皇に祝福された白金の鎧を唯一身につけることが許された存在。それが、神聖ディザイア国が誇る十人の聖騎士だった。
聖騎士はひとりの枢機卿にひとり付き従うことになっており、さらに部下にあたる騎士と騎士見習いを含めて大体三百から五百人いる。
聖騎士の下には、複数の部隊に別れ、それぞれ部隊長がいてさらにその下に一般騎士たちがいる。
「ご苦労様です、マクナマラ」
カリアンに名を呼ばれた騎士は、白銀の兜を外すと長い黒髪が舞う。
「――お父様」
聖騎士――マクナマラ・ショーンは、父親に片膝をついて恭しく首を垂れた。
「顔を上げなさい。堅苦しいことは抜きです」
マクナマラは、カリアンの娘であり、聖騎士でもある。
最年少で聖騎士となり、聖力と聖術に優れ、剣技も群を抜いた実力を持つ。
現在は三十六歳だが、肉体は衰えるどころか、若さを保ったまま強く成長過程にいる。
自慢の娘を見て、カリアンは昨日初めて顔を見た魔王サミュエル・シャイトにどこか雰囲気が似ていると思った。
「訓練の邪魔をして申し訳ない。しかし、伝えておこうと思いましてね」
「なにか問題でも」
「問題というべきか悩みますが、昨日――魔王サミュエル・シャイトと邂逅しました」
「――っ」
父の言葉にマクナマラは息を呑んだ。
「……行方しれずだったメラニーの魔王になったという子供ですか?」
「そうです」
「やはりメラニーは存命でしたか。喜ばしいことのはずが……まさか姉の息子が魔王になっていたなどとは嘆かわしい」
マクナマラは複雑な顔をした。
魔族を敵と認識している神聖ディザイア国の中でも、最も魔族と戦うのが聖騎士だ。
生き別れの姉が生きていたことは喜ばしいが、魔族の頂点である魔王にまだ見ぬ甥がなっていることを残念に思う。
「仕方がありません。メラニーは、女神の教えを覚える前に生き別れてしまいました。正直、死んでしまったと思っていた子が生きていて、辛いこともあったようですが今は幸せそうなら、親としてこれほど喜ばしいことはありません」
「……はい」
「サミュエルくんも、魔王になろうとしてなったわけではないようですが、魔王は魔王です。私も残念です。しかし、メラニーには、人間の子もいます」
「連れてくるべきでしょうか?」
「いいえ。それには及びません。女神様は人間を愛してくださいます。たとえ女神様を信仰せずとも、無償の愛を授けてくれるのですから」
「……失礼致しました」
いいのです、とカリアンは首を横に振った。
「本音を言えば、家族でまた暮らしたいのですが、我が子を殺した父親と良好な関係を築くのは難しいでしょう」
「……残念です」
「ですが、機会があれば一度会いたい。サミュエルくんを殺すには、相応の準備と時間が必要でしょうから、その間に可能ならば」
「サミュエル・シャイトはそれほど強いのですか?」
「強いです。魔王に成り立てではあるものの、魔王ロボ・ノースランドを倒すほどには」
「――っ、あの狂った獣を倒せるのですか! 実力だけなら素晴らしい。人間ではないことが悔やまれます」
ところで、と、カリアンは話を変える。
「先日、また見合い話を潰したようですね。まったく。メラニーは結婚し、子供もいるというのに、どうしてあなたはそう男嫌いなのですか?」
「男が嫌いなわけではありません! 私よりも弱い男が好ましくないのです!」
「残念なことを教えて差し上げましょう。この国であなたよりも強い人間は数える程度しかおらず、既婚者か、私のような老人たちです。私が妻と結婚したように、愛があればいいのですよ」
「……わ、私のことはいいのです! 魔王の話をしていたのに、なぜ私の結婚話になるのですか!」
「いえ、深い意味はないのですが、メラニーと孫は遠くにいるので、あなたに期待をしているのです。他の枢機卿たちは孫に囲まれて楽しそうなのに、私だけ寂しいんです」
「孤児院の子供たちがいるでしょう!」
「枢機卿という立場のせいか、遠慮があるんですよ。無条件で甘えてくれる孫がほしいんです!」
「わ、私に言われても困ります!」
「というわけで、新しいお見合いをセッティングしましたので、今度は最後までちゃんとお話を聞くように」
とても嫌そうな顔をする娘に苦笑しつつ、カリアンは自らの執務室に戻る。
孫を抱きたいというのは本音だが、できることならいくら魔王とはいえ自分の甥を殺す戦いに娘を参加させたくなかった。
たとえ、メラニーに自分が恨まれようとも、姉妹が仲良くしてくれれば――と、ひとりの父親として考えてしまったのだ。
「私も甘いですね」
カリアンは苦笑しながら、執務机に腰をおろすと、書類仕事に取り掛かる。
「教皇様も、お忙しいことは承知していますが、たまには書類もお願いしたいものです。最近は、座りすぎて腰が痛くて痛くて」
少々の愚痴を言いながら、手早く書類を片していくのだった。
〜〜あとがき〜〜
新章始まりました!
書籍2巻発売いたしましたので、ぜひぜひお手に取ってください!
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