35「恋愛相談です」②




 立ち上がって、ボーウッドに蹴りを入れるエヴァンジェリンに「まあまあ」と薫子がやんわり止めた。


「せっかくご相談に来てくださったのですから、もう少しお話を聞いてみてはいかがですか?」

「えー。絶対キモいことになるぜ。思春期の男の子が言いそうなことをこれでもかと言うと思うぜ」

「…………聞いてあげましょうよ」


 若干の間があったものの、薫子に促されてエヴァンジェリンは渋々ボーウッドの話だけ聞くことに決め、椅子に戻った。


「よし、話せ。十秒だけ聞いてやる」

「短いっ! まあ、聞いてくれるなら感謝します。聖女殿にも心からの感謝を」


 深々と頭を下げたボーウッドは、膝をついたまま背筋を伸ばした。


「あれは、数百年前。俺がロボ・ノースランドに挑んだ日のことだった。獅子族の長となり、一族を大きくし、増長していたのだろう。そんな俺は、狂ったように暴れるだけの獣など退治してやろうと、意気揚々と先陣を切った。しかし、目にしたのは、視界いっぱいに広がる大地を赤く染めた血と、血を浴びながらも美しく光輝くロボの姿だった。その姿はまさに――月の女神だった」

「おい、語るんじゃねえよ! あと十秒とっくにすぎてんじゃねえか!」

「ご無体な……ここからなのに」


 過去を思い出しながら語り始めるボーウッド。

 最初こそ静かに語っていたが、途中で歌うように語り始めたので、エヴァンジェリンが強制的に終了させた。


「ボーウッド様は、ロボ様のお姿を見て一目惚れしてしまったのですか?」

「今、思い返せば一目惚れだったのかもしれないが、当時はそうは思わなかった。俺はロボに挑み、手も足も出ずに敗北した。自分の弱さを知り、悔しくあった」

「よく殺されなかったな、おい」

「俺も不思議だった。戦った者が全て殺されながら、俺は生きながらえた。そんな俺に、なにを思ったのか、ロボは「弱い。殺す価値もない。強くなれ」と言い残したのだ」


 ボーウッドよりも弱い個体でさえ、容赦無く殺された中、なぜか彼だけが命拾いしただけではなく、声までかけられた。


「俺の胸は――とぅくん、と高鳴った」

「なんでだよ! 殺す価値もないとか言われて、なんで惚れるんだよ! 被虐趣味か! あと、思い出して頬染めんな!」


 その後、ボーウッドは強くなろうと努力した。

 実際、強くなった。

 いずれはロボよりも強くなり、そして認められたいと思い、強くなり続けた。

 だが、その感情を利用されてしまい、魔王を名乗り、サムと戦い、敗北した。


 しかし、運命とは面白い。

 まさか兄貴と認めたサムが魔王に至り、ロボを倒すまでの力を手に入れるとは。

 さらに、ロボと自分がひとつ屋根の下で生活をすることになるとは思いもしなかった。


「ボーウッド様がロボ様をお好きなのはわかりましたが、相談とはどうつながるのでしょうか?」


 薫子の質問に、ボーウッドははっきりと言った。


「――結婚したい!」

「まぁ!」


 口元を押さえて驚く薫子に対し、エヴァンジェリンは淡白な反応だった。


「あ、そ」

「ですから、愛の女神様に助言を!」

「告白すれば?」

「どうやって?」

「どうやって、って、好きだと言えばいいじゃないかよ」

「そんな、恥ずかしいじゃないか」


 振られることが怖いのではなく、告白そのものが恥ずかしいと、もじもじしはじめるボーウッドに、エヴァンジェリンが切れた。


「だぁあああああああああああああ! てめーは子供か! さっさと告白してフラれてきやがれ!」


 付き合っていられるか、とボーウッドを蹴り出してしまう。


「よかったのですか?」

「ボーウッドの奴、後押ししてほしいだけだっての。時間はかかるだろうが、そのうち告白するんじゃねえの」

「よいお返事をもらえるといいですね」

「……フラれたら指差して笑ってやろうぜ」

「エヴァンジェリン様……さすがにそれは可哀想です」


 そんなやりとりをしながら、エヴァンジェリンは内心疑問だった。


(あのロボが誰かと結婚するとか想像できねー。……だけど、アリシアの妹っていうかペットみたいに可愛がられて喜んでる姿を見てると、ありえるかもしれねーな)


 告白の結果がどちらに転んでも、大騒ぎになりそうだ。

 エヴァンジェリンはそう考え、笑った。




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