18「胃薬を手に入れたそうです」
「よし! これで静かになった! 眠るぞ!」
「……フランベルジュ様、やりすぎです。ダグラス様はさておき、サミュエル様の股間を蹴り上げるのはどうかと」
倒れてぴくりともしないサムの股間に回復魔法をかけながらジェーンが抗議した。
しかし、フランベルジュは気にもしていない。
「ふん。そのくらいでどうこうなるかよ! 他の魔王や準魔王で検証済みだ! そんなに心配ならさすってやれ! つーか、普通に考えて魔王と魔王の喧嘩をこんな中庭でやらせんじゃないよ。止めろよな! うるさいのはもちろんだけど、この家の中庭が大惨事じゃねえか!」
「――あとで直せばよいかと思っていました」
「庭と庭師が泣くぞ! こんなちゃんと手入れしてあるのに! ったくもう、――再生剣」
虚空から片刃の長剣を取り出すと、フランベルジュは地面に突き立てた。
刹那、えぐれた地面が元に戻り、芝が生き返る。
季節問わず、草木は青々しく育ち、花が咲き乱れた。
ついでとばかりに、ウォーカー伯爵家が新築同然となる。
「おっと、やりすぎた」
「さすがですね、フランベルジュ様」
「これくらい現役時代でもできたっての。あー、眠っ」
あくびをして、ふらふらした足取りとなるフランベルジュは本当に眠そうだ。
そんな彼女にジョナサンが恐る恐る近づき、頭を下げた。
「庭を修復してくださりどうもありがとうございました」
「あー、いいよ、いいよ。おじさんも大変だね、魔王が身内じゃ、日常茶飯事だろうし。あ、そうだ。お腹痛そうな顔してるからこれあげるよ」
フランベルジュは、小さな皮の包みをジョナサンに投げる。
「これは?」
「胃薬だよ。ダグラスも飲んでるやつだから、かなり効くよ。前にもらったけど、飲まないから」
「ははぁあああああああああああああああ!」
「なんで平伏すの?」
仰々しく膝をついたジョナサンに、フランベルジュが驚いた顔をする。が、やはり眠さのほうが買ったようで、大あくびをした。
「見返りを求めるわけじゃないけど、部屋余ってる?」
「もちろんですとも! 誰か! フランベルジュ様に一番のお部屋を!」
ジョナサンが手を叩くと、メイドが小走りで駆け寄ってくる。
彼はメイドに指示を出し、フランベルジュを部屋に案内させる。
「じゃーねー」
手を振って屋敷に戻るフランベルジュに深々と頭を下げて見送りながら、ジョナサンはさっそく薬を飲もうと皮袋を開ける。
錠剤がたくさん入っているのだが、何粒飲めばいいのだと悩む。
「一粒でよく聞きますよ。一日一粒を三回を目安に飲むと効き目がよく出ます。よろしければ、お水をどうぞ」
「ああ、これは申し訳ありません」
ジェーンから水の入ったグラスをもらい、さっそくジョナサンは胃薬を一粒飲んでみる。
するとどうだろうか。
少しだけ胃が軽くなった気がする。
「即効性があるので、お辛い時には追加で飲んでもよろしいと思います。ダグラス様もそうしています」
「フランベルジュ様も言っていましたが、魔王様が胃薬を?」
信じられない、とジェーンに尋ねると、彼女は表情を変えずに頷いた。
「豪快に見えるダグラス様ではりますが、実は繊細です。変人奇人の魔王様たちと交流するには、胃痛と胃薬が一番の友人となっているのです」
「――まさか、魔王ダグラス様が同志だったとは」
「きっとジョナサン様とはお気が合うでしょう。我が王が目覚めましたら、ぜひ語り合ってください」
「喜んで、おもてなしさせていただきます」
ジョナサンはダグラスのために、秘蔵のワインと開けようと決意した。
「ところで、そろそろ障壁を解いてはいただけないでしょうか? 娘たちがサムに駆け寄りたくとも、駆け寄れないのですが」
「そうでしたね。失礼致しました」
ジェーンが指を鳴らすと、中庭に覆われていた障壁が音を立てて砕け散る。
ジョナサンは、内心驚愕だった。
ギュンターやクライドという結界術師の結界を今まで見てきた。ふたりの結界術は魔族にさえ通用していたというのに、ジェーンの張った障壁はそれ以上ではないかと思えた。
サムとダグラスが盛大に喧嘩したにもかかわらず、ジョナサンたちには塵ひとつ届かなかったのだ。
それほどの障壁を軽々と張ることのできるジェーンの力量は魔王同等に未知数だ。
準魔王とは、これほどなのか、と驚きを禁じ得ない。
そういう意味では、ジェーンの障壁を軽々と斬り裂いたフランベルジュも大概であるが。
(サムもおかしいくらい強くなったが、長年魔王や準魔王を務めていた方がと胸を張って並ぶのはまだ先かもしれぬな。サムよ、胃は大事にするのだぞ)
義理の息子が、準魔王魔王と並び立つ日々を楽しみするジョナサンだった。
〜〜あとがき〜〜
8/5よりコミカライズ始まりました!
comicWalker様、ニコニコ様にてお読みいただけますので、何卒よろしくお願い致します!
連休の開いたお時間に、書籍と連載とご一緒に読んでいただけますと幸いです!
よろしくお願い致します!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます