17「勝敗の行方です」②





「おい、ちょっと待て。どう考えても俺の負けだろう! お前さんはスキルも魔法も使わない状態で俺とここまでやりあったんだ!」

「いやいやいや、殴られて意識が飛んだ俺の方こそ負けでしょう! ここで勝ちを譲られたらみっともないじゃないか!」


 ダグラスもサムも、なぜか自分の敗北を主張した。

 お互いに、今回の喧嘩で思うことがあったのだろう。

 諸手を挙げて、自分の勝ちだとは言えないようだ。

 サムもダグラスも主張を曲げようとしないため、子供のような言い合いが始まる。

 その一部始終を間近で見ていたジェーンは、呆れたようにため息をひとつ吐くと、


「引き分けでいいのではないですか?」


 妥協案を提示した。


「まあ、引き分けなら」

「そうだな。引き分けなら、ちょうどいい」


 サムたちは、引き分けを受け入れた。


「じゃあ、次は絶対勝つから」

「それはこっちの台詞だ!」


 改めて、握手を交わし、再戦を約束する。

 こうして新人魔王サミュエル・シャイトと魔王ダグラス・エイドの喧嘩は幕を閉じた。


「あー、すっきりしたぜ。最近、執務ばかりで体が動かせなかったからな。ったく、王なんてなるもんじゃないぜ」

「大変だねぇ」

「ったく、大変だ。それに、ジェーンの奴が目を光らせているから、おいそれとサボることもできない。ほら、この間、エヴァンジェリンとこの国に来ただろ? あの時だて、ジェーンの目を盗んで、部下を買収して、ようやくだったんだからな」

「魔王でも自由がないって、どうなんだろう? ていうか、ジェーンさんのことなんだけどさ」


 サムは気になっていたことを尋ねてみることにした。


「なんだよ、嫁にでもほしいのか?」

「違うよ! いやさ、ジェーンさんって滅茶苦茶強くない?」


 意識が飛んでいたとはいえ、わずかに残っている記憶もある。その中に、自分とダグラスの一撃を、間に入って難なく受け止めたジェーンの姿があった。

 障壁を張るのでもなく、その身体ひとつで受け止めていたのが衝撃だ。

 サムの一撃はさておき、ダグラスの一撃を涼しい顔をして止めることができたことに羨望さえ覚える。

 少なくともサムにはできない。


「あー、なんつーか、ジェーンは強いんだ。父親の俺が情けないんだが、どれだけ強いのか把握できていない」

「は?」

「きっと本人も把握していないだろう。強さに興味がないんだ」

「へー」


 貪欲に強さを求めるサムとは違い、ジェーンは強さを求めていないようだ。

 それでいながら、準魔王であり、魔王の一撃を容易く受け止めることができるほどの力を持つのだから嫉妬を覚えてしまう。


(いるよね。強さとかどうでもいいです、とかいう人のほうが凄く強いってパターン)


 ダグラスからジェーンに視線を移すと、不意に目が合った。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ、お強いんだなーと思いまして」

「強さですか……わたくしには理解できませんし、よくわかりません。強くなっても戦う相手もいませんし、戦力が必要なら魔王様が戦えばいいので必要を感じないのです」

「確かに!」

「国には強い者が揃っていますので、魔王様たちが徒党を組んで攻めてくるなどしない限り、問題はありません」


 確か、魔王たちは同盟を組んでいるので、まず戦争など起きない。

 周辺諸国のほとんどが魔王に降っているし、一部の国は魔王たちを適しているが、さほどの問題があるようでもないと聞いている。


「サミュエル様のほうがお強いですね。あの筋肉達磨と互角に殴り合える方はそうそういません」

「あ、ありがとうございます」


 人形のような美形に褒められると、照れてしまう。

 ギュンターで美形は見慣れたと思っていたが、ジェーンのほうが美しいさであの変態を優っている。

 さすが異世界、と言うべきか、よほどダグラスの妻が美形だったのか、男女問わず夢中になりそうな人だ、とため息が出る。


「では、そろそろ障壁を解きましょう。――あ」

「あ?」


 ジェーンが何かに気づき小さく声をあげたので、サムは彼女の視線がどこに向いているのか追った。

 すると、障壁の中で見守っていたリーゼたちの背後で、真っ赤な魔力が揺らめいているのを見つけた。


「少々煩くしすぎたようですね。フランベルジュ様がお怒りのようです」


 食堂の椅子でずっといびきをかいていたはずの少女が、見るからに不機嫌な顔をしてこっちに向かってきている。

 障壁があることに気づいた彼女は、虚空から波打つ刀身の剣を取り出すと、一閃。

 サムとダグラスの喧嘩の余波から、リーゼたちを守っていた硬い障壁を容易く斬り裂いてしまった。


「さっきから、うるせーんだよ!」


 地面を軽やかに蹴ると同時にフランベルジュの姿が掻き消える。


「――な」


 彼女が再び現れたのは、ダグラスの背後だった。


「私の眠りを妨げるものは――死ねや、おらぁ!」


 ダグラスの頭部に目掛けて、再び虚空から木刀を取り出したフランベルジュが目にも留まらぬ速さで一閃。

 鈍い打撃音と共に、白目を剥いたダグラスが前のめりに倒れた。


「お前もだぁ! この新米クソ魔王! 街で、家の中庭で、どったんばったんするんじゃねえ!」


 また姿を消したフランベルジュは木刀を振りかぶった状態でサムの眼前に現れる。

 とっさに防御の姿勢を取ったサムだが、


「防御してんじゃねーよ!」


 理不尽な怒声を浴びせられると同時に、股間を思い切り蹴り上げられた。


「くぺっ!?」

「ははははははっ! 木刀でくると思っただろ!? ざまーみろ、ばーか!」


 股間に響き渡る激痛で意識が遠のいていくサムは、フランベルジュの高笑いを聞きながら、そのまま気絶した。





 〜〜あとがき〜〜

 8/5よりコミカライズ始まりました!

 comicWalker様、ニコニコ様にてお読みいただけますので、何卒よろしくお願い致します!

 連休の開いたお時間に、書籍と連載とご一緒に読んでいただけますと幸いです!

 よろしくお願い致します!

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