閑話「第二王子の恋心です」②




 パーティーを終えた、その日からサムは泥のように眠っていた。

 ウォーカー伯爵家に帰宅した途端、玄関で倒れてしまい、みんなが大慌てした。

 リーゼたちが心配して、揺り起こそうとしたが、サムはピクリとも反応しない。

 さすがにまずいと思い、木蓮を呼ぼうとしたところ、友也の「急激に魔王に進化したので、肉体面でも精神面でも疲れを取りたいのでしょう。僕も一週間ほど寝込んでいましたよ」という言葉に、納得はできなかったがしばらく見守ることになった。

 耳を近づけてみると、寝息を立てているのが確認できたが、リーゼたちが心配を拭えなかったのは言うまでもないだろう。


 クリーを連れてこっそりウォーカー伯爵家に帰ってきていたギュンターも、サムが限界だったことを察したのだろう。

 心配はしていたが、おかしな言動はせず夫婦揃って、いつも通りの部屋に泊まった。

 夜中になると、どったんばったん、していたが、誰も気にかける者はいなかった。


 そして、


「――お腹減った」


 なんの前触れなく、サムはむくりと起き上がった。


「坊っちゃま!?」

「あれ? ダフネ?」


 ベッドの傍に、椅子に腰をおろして編み物をするダフネの姿があり、サムは「おや?」と首を傾げた。

 なぜ彼女がここにいるのか、そもそも自分はベッドに入った記憶がない。

 若干、困惑していると、ダフネはうっすら涙を浮かべて抱きついてきた。


「お目覚めになったのですね、ぼっちゃま!」

「お目覚め? え? どういう意味?」

「坊っちゃまは、三日も寝ていらしたんですよ!」

「え!? 嘘!?」


 まさか三日も寝ていたとは思いもせず、サムは驚きを隠せない。

 どうりで腹が減ったわけだ、と納得もした。


「変態魔王が問題ないとおっしゃりましたが、水も飲まず、排泄さえしない状態で三日も……さすがにどうにかなってしまうのではないか不安でした」

「ごめん。俺も、まさかそんなことになっているなんて思わなかったよ」


 ダフネはサムから身体を離すと、目元を拭う。


「謝罪など必要ありません。ですが、三日前と比べて雰囲気が変わりましたね」

「そう? 自分だとわからないんだけど」

「魔王に至る前の坊っちゃまは、人間という器の中に無理やり力を押し込まれた歪な印象を受けました。しかし、魔王に至ったことで、枷が取り払われ、そして、今は私では図ることができないほどです。まるで、深い海のようです」


 準魔王のダフネから、そんなことを言われるも、あまり自分ではわからない。

 ただし、強くなった自覚はある。

 実際、ロボや玉兎のように以前では逆立ちしても戦いにすらならなかったであろう相手と戦うことができた時点で、成長というよりも変貌を遂げたのだろう。


「強くなられましたね。幼い坊っちゃまが初めて魔法を使い部屋を焦がしたあの日から、まさか五年でこんなにも……感無量です」

「あはははは、大袈裟だなぁ。あの日のことは、忘れられないよ。可能性を見つけた日だからね」


 サム自身も、前世を取り戻し、転生した自覚を覚えたあの日、まさか魔王になるとは想像も出していなかった。

 これだから人生は楽しい。

 つくづく、そう感じた。


「そろそろリーゼ様たちにご報告してきますね。私だけが坊っちゃまを独り占めしてしまうのはよくありませんし、なによりも皆様故心からご心配していましたので」

「そうだね。三日も寝ていたんじゃ、心配かけたよね。じゃあ、俺も」

「動けますか?」

「うん、特には問題ないんだけど……」


 眠り過ぎていたせいか、身体は重くだるい。だが、問題を覚えるほどではなかった。

 しかし、なによりも、空腹だった。


「ごめん、お腹減った」

「ふふふ。空腹は元気な証拠ですね。では、皆様にお顔を見せてあげてください。その間に私は食事の用意をしてきますね」

「ありがとう。そういえば、久しぶりに、ダフネのごはんが食べれるんだ。嬉しいな」

「あら。そんなに喜んでいただけるのなら、腕に縒をかけてお作りしますね」


 ダフネの手を借りてベッドから起きると、おそらく彼女が着替えさせてくれたであろうパジャマ姿だったことに気づく。

 すぐに着替えを用意してもらい、スラックスを履き、シャツに袖を通し、ふたりで廊下に出た。

 すると、屋敷の奥から、メイドが駆けてくるのを目撃した。


「どうかしたのですか?」

「あ、ダフネさん! 大変です――あっ、若旦那様! お目覚めになられたのですね! お嬢様たちにお知らせを、あ、でも」


 年若いメイドは、慌てた様子で混乱気味だ。


「落ち着いてください。坊っちゃまは私にお任せを。それでなにがあったのですか?」


 メイドはダフネに制されて、その場に足を止めると、


「セドリック殿下とエミル殿下がお越しになりました!」

「セドリック殿下……と、エミル殿下って誰だっけ?」


 寝起きのせいか、聞いたことがあるような、ないような名前を思い出せないサムは、こてん、と首を傾げたのだった。




 〜〜あとがき〜〜

 ようやく復活です! ご心配おかけ致しました!

 7/16・17・18はお盆のため、更新のみで失礼致します。

 ご理解いだけますと幸いです。

 17(日)・18(月)は二回更新ですのでお楽しみに!

 よい祝日を!

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