閑話「第二王子の恋心です」①





 エミル・アイル・スカイは、父クライドと母コーデリアの間に生まれ、レイチェル第二王女を姉に持つ第二王子だ。

 まだ十二歳と幼くも、王子としての英才教育を受け、文武両道な子だ。

 気性の激しい母と違い、少々気の弱いところもある穏やかで優しい子ではあるが、優しい良き王子だった。


 魔法の才能こそないが、剣の才能に恵まれているようで、指南役の元剣聖雨宮蔵人も舌を巻くほどだという。

 特別、他の兄弟と親しいわけではないが、不仲でもないエミルだが、ここ数ヶ月で父王をはじめ、母や姉、兄に大きな変化が起きていることはよくわかっていた。


「……サミュエル・シャイト殿」


 その中心にいるのが、半年ほど前に現れた少し年上の魔法使いだった。

 元宮廷魔法使いのウルイーケ・シャイト・ウォーカー唯一の弟子であり、登場と同時にスカイ王国最強の座を手に入れた少年。

 年頃のエミルが興味を持たないはずがない。

 しかも、腹違いの姉が嫁いだ相手なのだ、尚更興味深くある。


 何度か接点を持ってみたいと思ったが、タイミングが悪くなかなか顔を合わすことができないでいた。

 また成人している兄とは違い、まだ子供であるエミルは教師から勉強を学ばなければならないので、時間的に余裕もない。


 レイチェルを介して会ってみたいとねだったりもしたのだが、生憎姉は子作りに忙しいらしい。

 ならば仕方がない、と思うのは王族ゆえか、エミルが少々変わり者ゆえか。


「サミュエル・シャイト殿に聞きたいことがあったのに」


 サムに会いたいというエミルの願いは、ここ数日で強くなっていた。

 とくに、先日の『とある出来事』以来、その感情は日に日に強くなっている。

 いっそ、姉のように押し掛けてしまおうかと考えたこともあったが、そんなことをして印象が悪くなってしまっては困るのでできなかった。


 エミルはため息をつきながら、気分転換をかねて母の庭園に足を運ぼうとした。

 悩みのせいで勉強にも身が入らず、教師に怒られてしまった。

 おかげで一日休みをもらったのだが、きっと明日も変わらないだろう、と思う。


「エミル?」

「……セドリックお兄様」


 王宮の廊下を歩いていると、兄であり第一王子のセドリック・アイル・スカイが和やかに声をかけてくれた。

 兄も最近変わった一人だ。

 エミルも知るメイド長と結婚することになったといい、周囲を驚かしたのは言うまでもない。

 その一件のせいで、一部の貴族の支持が離れたと聞くが、幸せそうな顔をしている兄にはきっと痛くも痒くもないだろう。

 むしろ、面倒がなくなったとせいせいしているのかもしれない。


「暗い顔をしてどうした? 悩み事でもあるのか?」

「……え、ええ」


 少しだけ驚いた。

 セドリックは良い兄だ。

 腹違いの兄弟だがいがみ合うわけでもなく、顔を合わせれば声をかけてくれるくらい気にかけてくれている。

 だが、それ以上に踏み込んでくることはなかった。

 お互いの母が不仲なのは知っていたので、仕方がないと思っていた。


「なにを驚いた顔をしているのだ? ああ、思えば兄らしいことをしたことがなかったからな」


 エミルの驚きを察したのかセドリックが苦笑を漏らした。

 その通りだ、とは言えず返答に迷っていると、


「以前からもっとかまってやりたかったんだが、母たちがああだったからな。すまない。だが、最近では口で喧嘩しても、一緒にお茶をするくらいに仲は回復したので心配することはない」


 エミルの知らなかった母の話を聞き、さらに驚くことになった。


「派閥などの関係もあるので、少しずつではあるが、いずれ皆が知るだろう。そんなわけで、こうして堂々とエミルに声をかけることができるのだ」

「……セドリックお兄様」


 まさか兄がそれほど自分を気にかけてくれていたとは思わず、嬉しくなった。

 同時に、サムだけではなく、兄にも聞いてみたことがあったので、こうして声をかけてくれたことはちょうどいい。


「あの、お兄様。お兄様はメイド長のルイーズを幼い頃からお慕いしていたと聞きました」

「あー、うむ。弟にそう言われてしまうと、少し気恥ずかしいものがあるが、そうだ。私はルイーズを幼い頃から愛していた」

「王族なのに、ですか」

「王族だが、だ。悩んだが、こればかりは想いは止められない。無論、王子としての役目は果たそう。同時に、ルイーズと幸せな家庭を築いてみせよう」


 エミルはセドリックのように、好きな人を好きと言えることが眩しく見えた。


「僕はお兄様が羨ましいです」

「――もしや、エミルにも想い人がいるのか?」

「…………それは」

「隠さずともよい。周囲に人はいない。私もお前の恋路を邪魔するようなことはしないと約束しよう」


 優しげな笑顔を向けてくれた兄に、エミルはゆっくり口を開く。

 思えば、誰かに言いたかったのかもしれない。


「僕は今までお兄様のような王子になろうと頑張ってきました」

「うむ」

「いずれ決められた相手と結婚することにも疑問を覚えませんでした。しかし――」


 一泊、間を置き、エミルは意を決っして告げた。


「先日、僕は恋をしてしまったようです」

「――ほう。それで、相手はどのご令嬢かな?」

「わかりません」


 残念そうに首を横に振るう、エミルに「おや?」とセドリックが首を傾げた。


「どういうことだ、エミル?」

「あ、あの、お兄様。僕に、サミュエル・シャイト殿をご紹介してくれませんか?」

「待て待て、なぜサムが出てくるのだ?」

「僕の恋した方が、ウォーカー伯爵家のほうから飛び出してきたのです! ですから、そのような癖のある方はだいたいサミュエル・シャイト殿のお友達と聞いていますし、何か知っているのではないかと!」

「……うん。変人奇人がサムの友人であることは否定しないが、想い人を変人扱いでいいのだろうか?」


 そういえば、先日の魔王や竜王を歓迎する催しにエミルは出席していなかったことを思い出したセドリックは、ごほん、と咳払いすると、弟の肩に手を置いた。


「そういうことなら協力しよう。だが、特徴を言ってもらわなければ困る」

「そうでしたね。きっと一番の特徴であると思うのですが」

「うむ」

「――全裸でした」

「ぶふぅっ!?」


 弟の言葉にセドリックが吹き出した。

 まさか弟が恋した相手の最大の特徴が全裸とは思わなかったのだ。

 同時に、「なるほど、確かにサムの案件だ」と納得してしまった。


「鮮明に覚えています。健康的で快活な方でした。なぜ全裸であるのかは、分かりませんが、僕は一目で心を奪われたのです」

「……年頃の子が女体を見ていろいろ錯覚した……のではないと信じたい」

「ああ、あなたはどこにいるのでしょうか、全裸の君」

「ぶっはっ!?」


 申し訳ないと思ったが、『全裸の君』とか言い出した弟に、我慢できずセドリックはいろいろ噴出した。





 〜〜あとがき〜〜

今回のお話は、限定記事にて先行公開させていただいたものとなります!

よろしくお願い致します!

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