50「襲われました」





「――私には戦いはあまりわからないわ。それでも、レロード伯爵が一目置かれた剣士だったことは知っているけど……まさか一瞬なんて……見事ね」

「ありがとうございます」


 感心を通り越して驚愕を顔に貼り付けているジュラ公爵に、サムは短く礼を言った。

 この程度の剣士を倒して見事と言われても、喜びも何も湧いてこない。


(レロード伯爵程度なら魔王に至らずとも、いや、ウルに出会うまでの俺でも倒せただろうけど……視覚的暴力が凄かった。眼球と脳を消毒したいんだけど)


 仮に、戦場で魔法少女の衣装を身につけ頭に血を昇らせて激昂して暴れる男がいたら、どのような強敵と戦っていても意識がそちらに持っていかれてしまうだろう。

 それくらいの衝撃が、レロード伯爵にはあった。


(きっとキャサリンさんも戦場に出ると注目の的なんだろうな、悪い意味で。……いや、魔法少女はもういい、お腹いっぱい。それよりも――レロード伯爵はなにをしていた?)


 サムがしこりとして残していたのは、レロード伯爵を殺すつもりで放った蹴りが直撃したにも関わらず平然としていたことだ。

 手加減はしたが、それは頭部を王宮に撒き散らさないように配慮したためでしかない。

 しかし、死ななかったのはさておき、鼻血を垂らすくらいで済んでいたことが驚きだ。

 なによりも、彼に攻撃したとき、何かの力がサムの攻撃を防いだような感覚もあった。


(……今もレロード伯爵にはなにも感じない。俺の気のせい……じゃない。間違いなく、こいつとは違う別の誰かが、なにかをしたんだろう。問題は、誰が、どんな目的で、ということなんだけど……わかるわけがないよな)


 戦いは得意だが、守りや解析は苦手だった。

 ウルの影響もあり、思考よりも先に手が出るようになってしまったので、尚更だった。


(考えてもしかたがないか。とりあえず、クライド様に変態をひとり退治したと報告しないと)


「どうかしたの、サミュエル?」

「あ、いえ、なんでもありません」

「ならいいけど。ところで、これはどうするの? 王宮に飾っておくにはあまりにも品がないのだけど?」

「あー」


 身体の一部を欠損したおっさん魔法少女の亡骸を放置してはならないと、ジュラ公爵は言いたいようだが、サムとしてはこんなもん触りたくない。


「ジュラ公爵にお任せします」

「……片付けて」

「――はっ」


 サムが丸投げすると、ジュラ公爵は執事とメイドに短く命令した。

 心なしか、執事とメイドも嫌そうな顔をしていた。


「それにしても、サミュエルの強さを目の当たりにできたことは嬉しかったわ。理解できないことが悔しいけど、間違いなく私とあなたの子供は立派な子に育つわね」

「……あ、続くんだ、その話。変態の登場でうやむやになるかと思っていました」

「変態なんてこの国では日常茶飯事よ。今回は、特殊な事例だったけど、なんてことないわ」

「なんてことないんだー……っ、なんだ?」

「サミュエル?」


 肩の力を抜いてジュラ公爵と会話をしていたサムが、なにかに気付いた。


「――来る」

「え?」


 サムが、廊下から王都の空に視線を向けた瞬間――轟音と共に王宮が、いや、スカイ王国王都が揺れた。


「嘘だろ!? ギュンターの結界をぶっ壊しやがった! つーか、来る! 速い、速い、速いっ! 速すぎるっ!」

「さ、サミュエル?」

「ジュラ公爵、そちらの人たちも、部屋の中に! 早く!」

「なにを!? 今、何が起きたの!?」


 王都を襲った衝撃にジュラ公爵も慌てている。だが、サムには説明できるほど、状況を把握しているわけでもないし、なによりも余裕がない。


「早く部屋の中に入れ! 今の俺よりも強い奴が真っ直ぐ向かっている! 俺から、離れろ! 守る余裕がない!」


 サムの叫びに、ジュラ公爵は執事とメイドを伴い何も言わずに部屋の中に入ってくれた。

 扉が閉められるのを確認してから、無いよりはマシだと部屋を覆うように障壁を張った。

 なんとか障壁が間に合った刹那、圧倒的な力がすぐそこまできていた。

 間違いなく狙いは自分だ。

 力は、何の迷いなく真っ直ぐこちらに向かっている。

 サムは、王宮に被害を与えないよう、外に出ようとするが、


「――お前が、サミュエル・シャイトだな!? 答えは聞いていない。――死ね!」


 窓の外に、褐色の肌と銀髪を伸ばした女が獰猛な笑みを浮かべて、有無を言わさず襲いかかってきた。


「くそっ、たれっ!」


 女は右腕に魔力を込めると、サム目掛けて振るおうとする。

 その一撃が防ぎ切る自信がなかったサムは、絶命したまま立ち尽くしているレロード伯爵の亡骸を女に向かって蹴り飛ばした。


「邪魔だっ!」


 左腕で弾かれたレロード伯爵は細切れになって、廊下に血肉をぶちまけた。

 だが、その小さな犠牲のおかげでサムは、王宮の窓から外に出ることに成功した。

 これで少なくとも背後にいたジュラ公爵や、王宮を気にせずともいい。


「逃さん!」

「逃げてねーよ! ――スベテヲキリサクモノ」


 サムの一撃と、女の一撃がスカイ王国の上空で同時に放たれた。




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