37「父を知りました」③
「正直、いきなりですね」
「そうね。ただ、以前から気にしていたみたいね。私や周囲にはなにも言わなかったけど、思うことはあったようね」
「その、すみません、不躾ですが、ジュラ公爵にはなにも言わずにいなくなったんですか?」
サムの疑問に、彼女は少しだけ残念そうに「ええ」と首肯した。
「私に国を出ていくことを告げてしまえば、父にも伝わってしまうでしょう。きっと私も驚いて、父じゃなくても誰かに相談したでしょうから、判断としては間違っていなかったわ。でもね、いきなり婚約者にいなくなられたこっちはたまったものじゃなかったわ」
「……えっと、その、申し訳ありません」
「ふふふ。あなたが謝ることなどなにもないのよ」
なんとなく謝ってしまったサムに、ジュラ公爵は困ったように苦笑した。
確かに自分が謝ることではないのだろうが、その後、ロイグが各地を転々とし、母と出会い、自分が生まれたと思うと、複雑な気分だ。
「でも、そのあとは大変だったわ。私は王子の婚約者だったのに、その日を境に捨てられた女とか、弄ばれたとか言われてね。清らかな関係でした、なんて言っても噂は勝手に大きくなるものね。最後には、ロイグが愛人を作って駆け落ちしたなんてことになって。普通に考えれば、愛人がいても王族なら楽に囲えるでしょうに」
「そう、ですね、はい」
「父もショックだったのね。同時に、仲のよかった王子たちを引き裂いてしまったことにようやく気づき、現役を退いたわ。今も王都で暮らしているけど、家庭菜園が好きな穏やかなおじいちゃんになっちゃったわ」
よかったら今度会ってあげて、と言われるもサムはどんな顔をしてジュラ公爵の父親に会えばいいのかわからなかった。
「ロイグの一件で大きなショックを受けたから、もう誰とも結婚しないと決めたのだけど、こんな私でもしつこく求婚してくるもの好きがいてね。私も貴族の務めを果たさなければならないから、愛情がなくてもいいのかと聞いたら、それでも構わないと言ったので結婚したわ」
「……そう、ですか」
「でも、不思議なものね。最初は愛情がなくて義務的な結婚だと思っていたのに、子供ができて、旅行をして、思い出を作っていくと夫を愛おしく思えるようになったわ。きっと男性と言うより、家族として、なのでしょうけど。それでも幸せになれたわ」
「それならよかったです」
「もっとも、そんな夫も二人目の子供が生まれる前に事故で亡くなったけれどね」
あっけらかんとショッキングなことを言ったジュラ公爵に、サムは固まった。
ただ、彼女を不幸だと同情はしなかった。
ジュラ公爵の声に嘆きの感情はない。
少なくとも、結婚し、子供ができた彼女は不幸ではなかったのだろうと思う。
「あら、ごめんなさい。そんな顔をさせるつもりはなかったのだけどね。ただ、事実を語っただけよ。夫も、事故で亡くなったけど、最期は看取ることができたし、別れの言葉も交わしたから。もちろん家族を失って悲しいけど、後ろばかり見ないわ。なによりも、私に幸せになるよう言い残した夫の気持ちを蔑ろにするつもりはないもの」
「……強い方ですね」
「――ありがとう。聞けば、あなたも愛していた人を失ったようね」
「俺も別れはちゃんとしましたから。前に進みます」
ジュラ公爵は、そっと手を伸ばしサムの頬を撫でた。
「いい子ね」
「ありがとうございます」
こうしてジュラ公爵と話していると、彼女を好意的に思えた。
彼女から悪い感情も伝わらないし、不思議と気安く接することができる心地よさがあった。
だからこそ、疑問だ。
ジュラ公爵は、なぜ王族と敵対する貴族派貴族のトップなのか、と。
サムは我慢できず、尋ねてしまった。
「あの、ジュラ公爵は王家を恨んでいるように思えません。ならばなぜ、貴族派にいるのですか?」
「……あら。そこから説明しないといけないの?」
「え?」
「てっきり陛下から聞いているのかと思ったのだけど、あの変態国王から伝わっていないようね」
「それは、どういう意味ですか?」
戸惑うサムに、ジュラ公爵は小さく肩を竦めた。
「私は貴族派貴族じゃないわ」
「へ?」
「貴族派貴族のお馬鹿さんたちが感情に任せて愚かなことをしないように見張っている役目を持つ、王族派の人間よ」
サムは驚き、目を丸くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます