38「ジュラ公爵の提案です」
「そ、そうだったんですか?」
(え? つまり潜入捜査官的な感じ?)
敵対する組織にあえて入り込むのは前世の世界でもある手段だ。
だが、まさか、父親の元婚約者がそんなことをしているとは思っていなかった。
「ええ。もっとも、私ひとりではアルバート・フレイジュなどのこそこそする愚か者をすべて把握できずにあなたに面倒をかけてしまったけれどね。ごめんなさい」
「あ、いえ、それは、別に大丈夫です」
「ふふふ。驚いているわね。始まりは、父が王家のためにと始めたのよ。引退したとはいえ、当時は力があったからね。国中に蔓延る傲慢な貴族を束ね、まとめ、民への被害を最小限に抑え、そして時間をかけて力を削ぎ落として消滅させようとしたの。私は父のあとをついだだけ」
「……えーっと、じゃあ、クライド様とも仲違いしているわけではないんですね?」
サムは答えを推測しつつ尋ねてみると、やはりジュラ公爵は肯定するように頷いた。
「かつてロイグの一件で思うことはあったけど、陛下が悪いわけじゃないから。どちらかといえば、悪いのは父だもの。それに、王妃様たちには気落ちしているところを励ましてくれた恩もあるわ。コーデリア様なんて、割と誤解されやすい方だけど、私のために涙をボロボロながして怒ってくれるような優しい方よ。最近は、陛下ともうまくいっているみたいでよかったわ」
「あのコーデリア様が」
わかりやすい貴族の女性という感じのコーデリアだったが、以前のビンビン騒動を思い出すといろいろストレスが溜まっていたからゆえかもしれない。
聞けば、最近は、ヒステリックも落ち着き、少々口は悪くとも気遣いのできる女性のようだ。
おそらく、かつてのコーデリアもそうだったのだろう。
「というわけで、ざっくりとだけどあなたのお父様と私の関係を話させてもらったわ。もっと細々としたことは、また次回にしましょう。ロイグはいろいろやらかしているから、呆れる話のほうが多いでしょうけどね」
「……あはははははは、楽しみにしています」
「あと、できれば、あなたのお母様――今は、ティーリング子爵夫人よね。お話を聞きたいわ」
「話、ですか?」
はじめてサムの警戒心がジュラ公爵に対して働いた。
しかし、彼女は笑みを浮かべたままだ。
「安心して。なにかしようなんて思っていないわ。調べたところによると、あなたのお母様もたくさんの苦労をしたと知っているわ。ロイグも身分を偽り、名を変えていたのだから、むしろ王族だったなんて聞かされてさぞ驚かれたでしょう」
「それはもう驚いたそうです」
「ロイグもロイグよね。ちゃんと愛した女性なら、なにがなんでも傍にいればよかったのに――もっとも、そんなロイグだからこそ、兄弟で王位を争わないよう逃げるという選択をしたのでしょうけどね」
「そうですね。母ももう過去のこととしているのでいいですよ。素敵な旦那さんと可愛いお嬢さんがいますから」
「そうね。結局、ロイグに安息の地はなかったのね。それだけが、残念だわ」
冒険者として優れていたロイグは、最期まで人々のために戦い亡くなった。
ある意味、良き王の資質を持っていたのかもしれない。
生きていたり、言葉を交わすことができたらいろいろサムも感じることはあったのかもしれないが、それは叶わない。
「そろそろパーティーも終わるわね。よければ、竜王様、魔王様たちをご紹介してくれないかしら?」
「ええ、それはもちろん。みんな一癖ありますが、ジュラ公爵ならきっと大丈夫です」
「……それは褒められているのかしら?」
「あははははははは」
若かりし頃から、クライドとロイグの変態王族に鍛えられているのなら問題ない、とはいえずサムは笑ってごまかした。
ジュラ公爵は、「まあいいわ」とそれ以上の追求はせず、その代わりに話を続けた。
「さて、一番の問題を話し合いましょう」
「えっと、はい」
今までサバサバした雰囲気を持つジュラ公爵だったが、雰囲気が変わった。
ねっとりというか、こう色気のある雰囲気になったのだ。
何事だ、と不安になったサムに、今日一番の笑顔でジュラ公爵が問うてきた。
「私があなたの子を産むか、娘と結婚するか、どちらがいい?」
「んんんんんんんん!?」
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