33「ジュラ公爵とお話しします」②
「公爵様、サミュエル・シャイト様をお連れ致しました」
「――入って」
王宮のとある一室の前で、サムを案内した老執事が声をかけると、ジュラ公爵の声が響き、扉が静かに開かれた。
部屋の中には、メイドがひとりと、ドレスを着たジュラ公爵がソファーに腰を下ろして、ワインを飲んでいた。
彼女は目配せをすると、メイドがサムをジュラ公爵と対面するように反対側のソファーに笑顔で促した。
「座って」
「失礼します」
酒のせいか少し頬の赤い公爵は、サムを見て少しだけ口元を緩めると、壁際で待機していた執事とメイドを一瞥し、
「ふたりだけにして」
短く告げた。
執事とメイドは恭しく礼をすると、足音を立てずに部屋から出ていく。
扉が閉められ、サムとジュラ公爵は部屋の中にふたりきりにとなった。
「…………」
静寂が広がる。
ジュラ公爵が父親の婚約者だったと聞いたことで、彼女が自分になにを思うのか、どんな話をしたいのか、と緊張した。
ただ、やはり、不思議とジュラ公爵に対する警戒心は持てない。彼女からも敵意を何も感じない。
サムから声をかけるべきか、どうか、悩んでいると、公爵はグラスのワインを飲み干して、ふう、と吐息を漏らした。
「ごめんなさい。少しお酒を入れておかないと、あなたの顔を真っ直ぐ見て話をすることができないと思ったから」
「いえ、お気になさらないでください」
「……その様子だと、私があなたの父親とどのような関係だった聞いたようね」
「ええ、まあ、はい」
さすがにサムも「父がすみません」とは言えず、曖昧に返事をすることしかできない。
すると、ジュラ公爵が小さく微笑んだ。
「誤解しないで。私は、あなたに父親のことをどうこういうつもりはないわ。したって意味がないし、あなただって親を選んで生まれてきたわけじゃないもの」
「それは、はい。そうですね」
「私はね、無駄なことはしない主義なの」
「えっと、では、父に思うことはないってことでしょうか?」
「いいえ、それはそれよ。ロイグが生きていれば引っ叩いてやりたいくらいに怒っているわ」
(あ、でも、そんなものなんだ――とは言わない方がいいよね、きっと)
もっと憎んでいるとか、恨んでいるとか聞かされると思っていたので、少し安心する。
父親など知らないに等しいが、だからといって無関係ですとは言えないサムには、ジュラ公爵の父親に向ける感情が強くないことにちょっとだけほっとした。
「言っておくけど、誤解しないようにね」
「え?」
「死ぬほど恨んだし、憎んだわ。でもね、もう飽きたの。怒りを持続させるのって疲れるの。それに、無駄なことはしないって言ったでしょう」
足を組み、ジュラ公爵が視線をサムに真っ直ぐ向けた。
サムは視線から逃ることなく、向き合う。
「幼い頃から決まっていた婚約者だったから、突然いなくなってびっくりしたし、私との婚約なんてどうでもよかったのね、と嘆きもしたわ。周囲も同情したり、笑ったり忙しかった。でも、今は結婚して、娘たちがいるの。いつまでも昔の男を忘れられないと泣いてばかりいられないわ」
「…………返す言葉が見つかりません」
「独り言よ。さて、サミュエル・シャイト。あなたと話をしたいことはたくさんあるわ。だけどのその前に――あなたの父親の話をしましょう」
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