閑話「ユーイング子爵家元当主は考えます」





「まさかサミュエル・シャイト様が、おじさまの血を引いていないとは驚きましたわね」

「……そうだな。愚息の子供だと思っていたのだが、まさか王家の血を引いているとは思わなかった。もっと早くにお前を押し込んでいればよかったと後悔している」


 サムたちを遠巻きに見ている貴族たちの中に、ユーイング・コフィ子爵家当主と孫娘ミューイ・コフィがいた。

 かつて、ふたりはサムの親族だと思われていた。

 しかし、サムの母メラニーが生存していたことや、彼女の証言でサムがラインバッハ男爵の息子ではなく、王弟ロイグ・アイル・スカイ殿下の息子であることが明らかになった。


 ユーイングにとって青天の霹靂だった。

 優秀な孫だと思っていたサムに、血の繋がりがなかったのだから無理もない。

 だが、同時に、納得もしてしまった。

 愚かな息子の子供が、あれほど優秀なはずがない、と。


 不幸中の幸いであったのは、コフィ子爵家に分別があったことだろう。

 サムが親族だとわかっても、彼の名を利用することをしなかったのだ。それは、偏にサムを敵に回したくないという理由からだった。

 当初、孫娘のミューイをサムと結婚させ、いずれ生まれてくる子供をコフィ子爵家の跡取りに、と考えていたのだが、その目論見も成功していない。


 ユーイングがサムと顔を合わせたばかりの頃は、リーゼに花蓮、水樹とステラの四人が婚約者だった。

 少し押せば、ミューイを押し込めると考えていたのだが、そんな折に、息子たちがいろいろやらかしたせいで、自分たちに飛び火しないよう必死に奔走していた。

 気づけば、サムが王弟殿下の子だとわかり、子爵家とは血の繋がりがないことが判明していた。


 ユーイング子爵はひどく怯えた。

 ラインバッハ男爵とサムは血の繋がりがなかったのだ。ならば、自分を虐待した人間の親を、サムが放っておくだろうか、と。

 サムには子爵家など容易く消す力があった。権力的にも、物理的にも、だ。

 しかし、サムは子爵家に害を与えようとはしなかった。むしろ、ラインバッハ男爵家のしたこととは関係ないと陛下に進言してくれたほどだ。

 ユーイングは以来、サムに感謝していた。

 同時に、孫娘を実力人格共に優れた人間に送り出せなかったことを悔いていた。だからといって、何かしようとは思っていない。


「噂ではとても怖い方と聞いていましたが……あのように可愛らしい方とは思ってもいませんでしたわ」

「噂ばかりをあてにするな。だが、恐ろしい方であるのは間違いない。彼と敵対した人間は、全員潰されている。先ほども見たであろう、レロード伯爵もなにか企んで近づいたようだが、あの様だ」

「……あの光景はしばらく忘れられないでしょう。……創作活動に力が入りますわ」

「創作活動?」

「いえ、なんでもございません」


 ユーイングは、先日、息子に会ったときのことを思い出した。

 まだ死んでいないのが不思議なほど過酷な労働系に処されていたが、むしろ、死んだ方がマシだと思わせるような瀬戸際でわざと生かされていると言ったほうが適切だろう。

 息子は助けを求めてきたが、そんなことをする理由がユーイングにはない。

 縁を切ってからも迷惑をかけられたのに、子爵家を犠牲にするかもしれないリスクを負って助けるようなメリットがまるでないのだ。

 もし、そんなことをしてサムの怒りを買ったら、と思うと背筋が震える。

 もっとも、サムはラインバッハ男爵にはひとかけらも興味がないようだが。

 サムは、血の繋がりはなくとも父親だった男が生きているのか、どこにいるのかさえ把握していないらしい。つまり、その程度の存在でしかないのだ。


 息子の元妻であるヨランダも相当厳しい刑罰を受けているようだ。

 一度、看守を手懐けて子爵家に助けを求めてきたが、相手にするはずがない。

 看守のことも上に密告し、今ではその者も刑罰を受けていると聞く。


「逃した魚は惜しい――が、追いかけるのは危険か」


 少なくとも孫娘に、サムと彼の周りに入るような気概はないだろう。

 また若干野心がある子なので、後々問題になっても困る。


「……友好関係をきちんと結び、家の者を彼の従者として控えさせることで印象をよくするところから始めるとするか」


 引退したのにやることが多い、とユーイングは苦笑いをするのだった。



 ◆




(――嗚呼、素晴らしいですわ。まさか生サムと生ギュンのやりとりをこの目で見られる日が来るとは!)


 ミューイ・コフィは、昂る感情をなんとか祖父に気づかれないように、舌を噛んで理性を維持していた。

 実は、彼女は以前からサムとギュンターを応援する会という秘密結社の一員だった。

 子爵令嬢とはいえ、その立場は末端も末端であるため、結社の総帥が誰か知らないし、サムギュン作家が誰かも知らない。

 しかし、ミューイは心からサムとギュンターの関係を愛する少女だった。


(お爺さまも無粋ですわ。わたくしにはサム様とギュンター様の間に挟まれるような品のないことはしません! いえ、嫁にいくとでふたりを間近で見ることができるのも素晴らしいのですが、この距離が良いのです!)


 ちらり、と視線を動かすと、数人の同志と目があった。

 皆が感動の涙を流しそうになって震えているし、中には鼻血が出てしまったのだろう。鼻を抑えている子もいる。


(最近は、サム様と魔王様、サム様とセドリック様、サム様とデライト様など複数の派閥ができていますが、やはりサムギュンこそ王道であり至高! 亡きウルリーケ様に作品をこっそりお渡ししたときに声を失うほど感動していただけましたが、ふたりの未来を見られなかったことが残念だったはず)


 ミューイは、他にもサムとボーウッド、サムとレームのカップリングも増えていくだろうと推測している。

 ただし、あくまでもサムだからいいのだ。

 あの少女のように可愛らしく、魔王のごとき強さを持つサムだからこそ、少女たちを魅了するのだ。

 もちろん、派閥は細かくある。

 サムが受けか攻めか、だが、ミューイはどちらもいける派だ。

 もっと言ってしまうと、サムに女装させてギュンターと絡ませたい派である。


 他にも、サムとウルの純愛や、リーゼとの関係を書物として世に残そうとする少女たちがいるが、甘い。甘すぎる。サムとギュンターの関係こそ最高なのだ。


(サム様とギュンター様にお子様ができたと聞きましたが、だからこそふたりの愛は燃え上がるでしょう! いえ、むしろ、ふたりのご子息たちが父親の愛を引き継ぐ……嗚呼、魂がビンビンになりますわぁ!)


 ミューイ・コフィ。

 秘密結社に所属し、サムとギュンターの愛を応援する少女。

 ちなみに、ギュンターが女体化したときはショックで寝込むほどだ。

 そして、自らもサムとギュンターの愛を後世に残そうと執筆活動をしている向上心の高い少女だった。



 ――いくら魔王に至ったサムでも、ミューイの渾身の作品が未来まで残り、サムとギュンターの間違った関係が未来でも支持されるとは思いもしなかった。





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